樽の、夏(第二稿)
発酵が走る季節を、見回りで守り切る

コゴメタツヤ(53歳・漬物職人31年)

夏のあいだ、私は新しい樽を一つも仕込まない。冬に漬けた樽が、暑さの中をゆっくり古漬けへ進んでいく。秋に新しい大根が来るまで、その進みを見て回るのが夏の仕事だ。冬は朝に一度、樽の上の石を見れば足りた。夏は、朝と昼と夕、日に三度、蓋を取って覗く。樽の数は変わらないのに、足の運びだけが倍になる。

蓋を取って、まず匂う。つんと立つ酸が、昨日より一段強い。そういう樽は、古漬けへ傾きはじめている。古漬けには古漬けの客がいるから、傾くこと自体は構わない。だが酸が勝ちすぎれば、大根の甘みが消える。箸で一切れつまんで噛み、歯が沈みすぎる手前で、その樽は出すと決める。匂いと歯ごたえの、半日の差で決める。

夏は、樽の表面に白い膜が浮く。薄く一面に張って、匙ですくうと縁にぬるりと寄る。産膜酵母というもので、すくって捨て、塩を足し、石を一つ増せば収まる。初めて見た若い者は黴だと思って青くなるが、これは放っておいても害はない。怖いのはこちらだ――膜の上に、青や桃色の点が島のように浮いているとき。点が出た樽は、その一段を厚めにさらって捨てる。白い膜か、色のついた点か。覗いて、まずそこを見る。

蔵の窓は、夏は開け方が決まっている。朝のうちは開けて、夜に冷えた空気を底に溜める。日が高くなれば閉め、外の簾を下ろして日差しを切る。外の気温が下がる夕方、また開ける。手のひらを樽の肌に当てて、ぬるいと感じたら、その日は簾を一枚多く垂らす。冷房は入れない。先代が窓と簾だけで温度を一度二度の幅に収めていたのを、そのまま継いでいる。

暑い盛りには、浅漬けが売り場で動く。古漬けへ傾いた樽は刻んで、茶漬けや酒の肴にする客へ回す。どの樽をいつ出すか、浅漬けと古漬けをどれだけの割で並べるか。売り場から今週はさっぱりしたものをと言われれば、傾きの遅い樽を先に開ける。樽の進み具合と、売り場の声を、毎週突き合わせる。樽の都合と客の都合の、間を取っていく。

進みが速すぎる樽は、奥へ移す。蔵のいちばん奥、北側の土間がいちばん冷える。満杯の樽は大人二人でも重い。台車を入れ、底にてこを噛ませ、中の水をこぼさないよう傾けずに、少しずつ転がして奥へ運ぶ。床を擦る低い音が、樽一つ分だけ進む。運び終えると、奥の土間は戸口より確かにひんやりして、その樽の進みは半日ぶん緩む。

奥へ運んだ樽の前に、しばらく立っている。冬に仕込んだときの、石の沈み方を覚えている。あの沈みの続きが、いま酸になって立ちのぼっている。秋になれば、また新しい大根が来て、隣の樽が空く。それまで、この一樽を走らせずに、戸口の客の元へ渡しきる。蓋を戻し、簾の垂れ具合をもう一度見て、次の見回りまでの半日を空ける。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。