重石の、沈み(第二稿)
蔵に入った年、樽の声を聞くと決まるまで

コゴメタツヤ(53歳・漬物職人31年)

蔵には大小の樽が並び、それぞれの上に石が載っている。丸い川石、四角いコンクリートの錘。重さは樽で変える。だが仕事は、石をどう載せるかではない。載せたあと、石が何日でどれだけ沈むかを、毎朝見て回ることだ。三十一年、それをやってきた。

一九九五年、二十二歳でたくあんの蔵元に入った。最初の半年は大根を洗い、樽を洗い、ぬかを運んだ。あるとき親方が、仕込んだばかりの樽の前に私を立たせた。「漬物は重石が漬ける。俺らは重石の番人だ。沈み方を見ろ。水が上がる速さが樽の声だ」。それだけ言って、奥の樽へ行った。

石を載せると、塩が大根の水を引く。水は樽の底にたまり、二日、三日とかけて大根の上まで上がってくる。水が上がれば、その分だけ石が沈む。よく漬かる樽なら、二十キロの石が三日で五寸ほど下がる。沈みを見れば、樽の中で水がどこまで来たかが分かる。浸透圧という言葉は、あとから本で知った。蔵では、石が先に教えていた。

同じ日、同じ塩、同じ大根で仕込んでも、奥の樽と戸口の樽では沈みが半寸違う。戸口は冷えて発酵が遅い。沈まない樽には、たいてい理由がある。塩が片側に寄った、大根の干しが過ぎて水が出にくい、底の温度が上がらない。親方は石を見ただけでどれかを当てた。私はいま、当てられるほうに回った。

仕込みの前に、大根は干す。やぐらに掛け、寒風に当てて水を抜く。干し加減は、根元を持って曲げて決める。ぴんと張ったままなら早い。への字に曲がって、根元と先がゆっくり近づくくらいでちょうどいい。過ぎれば筋が立ち、足りなければ折れる。曲がりの深さで何日干すかを決める。

ぬかは、米ぬかと塩と、去年のぬかで作る。去年のぬかを三割ほど継ぐ。新ぬかは黄色く、去年のは茶に近い。手に取ると、新ぬかはさらさら、去年のはしっとり湿って指に残る。色と湿りで継ぐ量を測る。親方が継いだぬかが、いまの樽の底にも回っている。

途中で天地返しをする。上下を入れ替え、漬かりむらを直す。大根を一本ずつ積み替える力仕事だが、力だけではない。樽を開けた瞬間の香りで、発酵の進みを読む。つんと立つ酸が早ければ、その晩のうちに蔵の窓を開けて温度を下げる。香りが眠っていれば、石を一つ足して待つ。鼻が、沈みの続きを読む。

仕込みは冬と決めている。気温が低いほど発酵が遅く、酸が立つ前に味が乗る。同じ仕込みを夏にすれば、三日で走る。寒さは時間を緩めてくれる。朝の蔵は底から冷えて手がかじかむ。それでも冬に仕込む。

近ごろは減塩の注文が増えた。昔は大根の重さに対して四分の塩を打っていた。いまは三分二厘まで落とす客がいる。塩を落とすと水の上がりが鈍り、石の沈みも一日遅れる。日持ちは十日縮む。味は今の舌に近づく。どこまで落とすかは、客の樽ごとに塩の袋の目盛りで決める。毎年、ほんの一厘ずつ動かしている。

三十一年で直した字――いや、押さえた重石は数え切れない。沈ませた水も覚えていない。覚えているのは、当てられなかった樽のほうだ。あの戸口の、半寸沈まなかった樽。あれの中で、何が滞っていたのか。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。