新商品の、初日(第二稿)
売り場の後ろの背広と、試食台の前の本音のあいだで

コイデマナミ(44歳・スーパーの試食販売員20年)

新商品の初日は、後ろに背広が立つ。メーカーの営業だ。柱の陰に手帳を開いて、自分のところの商品が初めて客の前に出るのを見に来る。試食台にはまだ正解が無い。焼き加減も、切る厚さも、一切れの大きさも、初日に決まる。定番の商品にはそれが無い。手が覚えているからだ。だが新商品は、まだ誰の手も覚えていない。

調理指示書がついてくる。三分焼く、五ミリに切る、塩はふらない。私はその「三分」を無視する。この鉄板では二分半で角が立つ。「五ミリ」も厚い。指示書通りに切ると、客は一切れで腹がふくれて、二個目を欲しがって、買わずに行く。指示書を書いた人は、この商品を売り場で焼いたことがない。私は二十年、指示書のどこが嘘かを見抜くために、まず指示書通りに一度だけ焼く。

営業の手帳を、私は数える。自分が十個出すあいだに、ペンが何回動くか。今日の営業は、客が顔をしかめた瞬間だけ書いた。十個出して、動いたのは三回。三回とも、爪楊枝を置いて黙って行った客のときだった。買った客のときは、ペンは動かない。あの人が数えているのは、売れた数ではなく、断られた数だ。私の報告書とは、逆の欄を見ている。

新商品の台で、いちばん多い一言。「これ、何に使うの」。この一言を言った客の手は、爪楊枝を置いたら財布に行かない。私は説明をしない。説明をかぶせるほど、手はカゴから遠ざかる。ウインナーに「何に使うの」と訊く客はいない。だから私は、初日に「何に使うの」が何回出たかを、爪楊枝の本数とは別に、指で数えておく。

試食をして、顔が変わる客がいる。眉のあたりがゆるんで、「あら」と言う。あの顔が出ると、後ろの背広に見せたくなる。あなたの商品で、いま一人の顔が変わった、と。だが私は振り返らない。振り返れば、台から目が離れる。変わった顔より、変わらなかった顔のほうが、初日はずっと多い。口に入れて、何も言わずに爪楊枝を置いて行く。その顔を数えるのが、私の仕事だ。

夕方、報告書を書く。出た個数の欄に、八と書く。営業に気に入られたいなら、ここを大きく見せる書き方はいくらでもある。「夕方は反応良好」と添えれば、八は十二の顔をする。けれど私は、客の声の欄に「『何に使うの』が、十個に四回」と書いた。営業がいちばん嫌がる一行だ。この一行を書かなかった初日の商品が、半年後に棚から消えるのを、私は何十と見てきた。八という数字より、四という数字のほうが、その商品の半年を当てる。

何年か経って、定番になった商品がある。初日に「何に使うの」と十個に四回訊かれた、あの商品だ。いまは目の高さの棚に、いちばん取りやすい場所に並んでいる。誰も訊かずにカゴへ入れていく。その試食を、先週また頼まれた。台の前で爪楊枝を差し出すと、客は「ああ、これ」と言って止まった。私は説明をしなかった。「ああ、これ」の人に説明をかぶせると、比が落ちる。初日に背広が三回ペンを動かしたことを覚えているのは、この売り場で私だけだ。

その日の報告書に、出た個数は十四と書いた。爪楊枝は六十八本。「何に使うの」は、一日で一度も出なかった。客の声の欄に、私は何も書かなかった。書くことが無いのが、この商品が定番になったということだ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。