コイデマナミ(44歳・スーパーの試食販売員20年)
一日の終わりに、報告書へ二つの数字を書く。出た個数と、使った爪楊枝の本数。爪楊枝は試した人数、個数は売れた数。試食販売の成績は、この二つの比で出る。二十年、私はこの二つの数字を書き続けてきた。
二〇〇六年の秋、二十四歳で始めた最初の現場。組まされたのは三十年やっているという小柄なおばさんだった。私が呼び込みの声を張ると、その人は手を止めずに言った。「声で止まる人は買わへんよ。匂いで止まる人が買う」。意味はわからなかった。声をかけて止めるのが仕事だと思っていた。
その日の私の報告書は、爪楊枝が九十二本、出た個数が四。九十二人が止まって、四人が買った。隣のおばさんは、爪楊枝が六十一本で、出た個数が十一。私より三十人少なく止めて、三倍近く売っていた。声で止めた数では、私が勝っていた。負けていたのは、止めた人の中身だった。
翌日から、私は声を張るのをやめて、ホットプレートを見た。匂いは声より遠くへ行く。声は三メートル、匂いは通路の端まで届く。プレートの角度を変えて、匂いを通路の奥へ流す。すると、声をかける前から鼻先をこちらへ向けて近づいてくる人が出てくる。その人たちは、黙って袋を一つカゴに入れる。一週間で、私の比は九十二対四から、六十対九になった。止めた人は減って、売れた数は倍になった。
子どもを連れた親には、子どもに先に渡す。親は自分が食べたものより、子どもが食べたものを買う。子どもが「おいしい」と言えば、商品はもうカゴの中だ。逆に、「もう一個いいですか」と言ってくる大人。私はその一言を聞くと、報告書の個数の欄に、その人を数えない。二十年で、この勘が外れた記憶がほとんどない。
新商品の台では「これ何ですか」と訊く人が止まる。ロングセラーの台では「ああ、これ」と言って止まる。前者には説明を、後者には爪楊枝だけを黙って差し出す。「ああ、これ」の人に説明をかぶせた日は、決まって比が落ちる。知っているものを知らない人に説明されると、人の手はカゴへ行くのをやめる。
土日は爪楊枝が平日の三倍減る。三百本を超える日もある。けれど比は上がらない。平日は二十人に一人が買い、土日は三十五人に一人しか買わない。土日に増えるのは「ついで」で止まる人で、その人たちは、匂いではなく流れで止まっている。だから私は、土日ほど声を捨てて、プレートの角度だけを直す。
二十年で出た個数の合計は、覚えていない。覚えているのは、最初の現場の二つの数字だ。九十二本で、四個。あの比を見た日から、私は試食台の前の三秒を、数えるようになった。