コイデマナミ(44歳・スーパーの試食販売員20年)
「いかがですか」。この一言を、私はもう二十年言い続けている。一日に何百回。同じ抑揚、同じ笑顔。録音したものを流しているのと変わらないと、自分でも思う。けれど私は、この一言を言い終わったあとの三秒のために、毎日試食台の前に立っている。
試食販売の成績は、試した人数と買った人数の比率で決まる。だから一日の終わり、私は報告書に二つの数字を書く。出た個数と、使った爪楊枝の本数。爪楊枝は試した人数、個数は売れた数。爪楊枝のカップが空になっていくのに、レジ袋がふくらまない日は、立ち方を間違えている。
始めたのは二〇〇六年、二十四歳の秋だった。最初の現場は休日の食品売り場で、店内には夕方の賑わいがゆっくりと満ちていて、ホットプレートの上でウインナーがいい音を立てていたのを覚えている。組まされたのは三十年やっているという小柄なおばさんで、私が呼び込みの声を張ると、その人は静かに言った。「声で止まる人は買わへんよ。匂いで止まる人が買う」。
意味がわからなかった。声をかけて止めるのが仕事だと思っていたから。けれどその日、私は試食台の前を観察してみた。私の「いかがですか」で立ち止まる人は、爪楊枝を取って、口に入れて、「おいしいですね」と言って、行ってしまう。一方で、声をかける前から鼻先をこちらに向けて近づいてくる人がいて、その人たちは、黙ってウインナーの袋を一つ、カゴに入れた。たしかに、そうだったのだと思う。
ホットプレートの温度と、置く位置。これも教わった。熱すぎると焦げの匂いが立ってしまう。低いと匂いが流れない。風向きを見て、匂いが通路の奥まで届く角度にプレートを回す。匂いは呼び込みより遠くまで届く。声は三メートル、匂いは売り場の端まで行く。私はその日から、声より先に風を見るようになった。
子どもを連れた親には、子どもに先に渡す。これは早い時期に身についた判断だ。親は自分が食べたものより、子どもが食べたものを買う。子どもが「おいしい」と言えば、その商品はもうカゴの中にある。逆に、「もう一個いいですか」と言ってくる大人は、たいてい買わない。二個目を欲しがる人は、試食を食事だと思っている人で、商品を買う人は、一個で味を確かめたら、もう手は財布に行っている。
新商品とロングセラーでも、台の前の三秒は違う。新商品は「これ何ですか」と訊く人が止まる。ロングセラーは「ああ、これ」と言って止まる。前者には説明を、後者には何も言わずに爪楊枝だけを差し出す。説明された「ああ、これ」の人は、なぜか買わずに行ってしまう。知っているものを、知らない人に説明されると、人は少し興ざめするのだと思う。
まかないはない。売れ残りや時間切れの試食材料を社販で安く買って帰る日もある。報告書の様式は二十年で三回変わったけれど、出た個数と爪楊枝の本数を書く欄だけは、ずっと同じ場所にある。土日のシフトに入ると、平日の三倍の爪楊枝を使う。三倍の人が止まって、けれど比率はそれほど変わらない。止まる人が増えても、買う人の割合は、だいたい決まっている。
あの日、おばさんに教わった「匂いで止まる人が買う」という一言が、私をいまの私にしてくれた。私はもう、声をかけたあとの三秒で、その人が買う人か買わない人かが、なんとなくわかる。当たるとは言わない。けれど二十年、私は試食台の前の三秒を数え続けてきた。爪楊枝の本数を数えることは、人を数えることだったのだと、いまでは思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。