大漁旗の、進水(第二稿)
新造船に揚がる旗を、注文の帳面から進水の朝まで

コトウマヒル(48歳・旗と幟の染物職人26年)

新造船の進水祝いに大漁旗を贈る。その注文が来ると、私はまず帳面を開く。一枚目に船名、二枚目に船主の家紋、三枚目に贈り主の名前。三つを別の紙に書くのは、布の上で置く場所が違うからだ。船名は中央に一尺、家紋は右下に三寸、贈り主は左端に八分。誰の船で、誰が祝うか。位置がそのまま決まっている。

船名の聞き取りには手間がかかる。「第三勝丸」と言われても、勝が旧字か新字か、丸の前に点が入るかで字が変わる。私は帳面の余白に、相手の言った字を一度書いて見せる。船主は自分の船の名を指でなぞって、ここの払いをもっと長く、と言う。その払いの長さが、もうこの一枚を他のどの旗とも違うものにしている。

図案は縁起物の決まりの中で起こす。日の出、波、鯛、宝船。決まりはあるが、毎回どこかで迷う。この前の旗は、船名が七文字あって宝船を入れる幅が残らなかった。私は宝船を諦め、代わりに鯛を二尾にして、跳ねる向きを左右で違えた。日の出の光条は十一本。本数は奇数にする。偶数は割れて縁起が悪いと、親方が言っていた。

塗り分けは順番がすべてだ。薄い色から置く。日の出の黄、次に橙、最後に芯の緋を一息で重ねる。群青の波と緋の日の出が触れる境目には、染める前に筒描きの糊で二分(六ミリ)の白を一本逃がしておく。糊が堤防になる。これをやらずに濃い緋を先に置くと、翌朝かならず境目で緋が群青へ泣く。順番を間違えた旗は、私は二十六年で三枚だけ知っている。全部、若い頃の自分の旗だ。

進水式の日取りは動かない。潮と暦で決まったその日に向けて、私は逆算する。式の前日に納め、その前に乾燥で二日、水元で一日、色挿しに二日、地染めと糊置きに二日。雨が降ると糊が乾かないから、梅雨どきの注文は予備を二日多く取る。間に合わなければ詫びでは済まない。船が海に下りる朝に、贈り主の旗だけ揚がらないことになる。だから締め切りの話を、私は天気予報を見ながらする。

進水式の朝、船の周りには旗が群れて揚がる。贈り主の数だけ、何十本も。風が来ると、いっせいにはためく。私はその群れの中から、自分の一枚を探す。「第三勝丸」の、長く払った勝の最後の一画。境目に逃がした二分の白。緋の三度挿しの、芯の深さ。遠目に、それだけで指せる。あれだ、と思う。それ以上は思わない。

式が終わると、旗は二つに分かれる。船に積まれたものは、潮と日に焼けて、一年で緋がいちばん先に褪せる。返ってくる頃には日の出が薄桃になっている。家の床の間に飾られたものは、緋は残るが、窓に近い側の群青が抜けていく。同じ日に染めた同じ色が、行き先で違う褪せ方をする。同じ船名の注文でも、贈り主が違えば家紋が違い、払いの長さが違い、結局まったく別の旗になって、別の褪せ方で消えていく。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。