大漁旗の、進水
新造船に揚がる旗を、注文の帳面から進水の朝まで

コトウマヒル(48歳・旗と幟の染物職人26年)

漁師町には、いまも人情が生きている。船が一艘できあがると、町じゅうがわがことのように喜ぶ。新造船の進水祝いに大漁旗を贈る——その注文が来ると、私はいつも背筋が伸びる。慶事の仕事だからだ。海とともに生きる人たちの、晴れの日の布を預かるのだから。

注文はまず聞き取りから始まる。帳面を開いて、三つのことを書きとめる。船名、船主の家紋、そして贈り主の名前だ。旗に入る情報には作法があって、船名は中央に大きく、贈り主は端に控えめに、家紋は隅に小さく据える。誰の船で、誰が祝っているのか。布の上の位置が、そのまま人と人の関係を表しているのだと思う。

図案には決まりと自由がある。縁起物——日の出、波、鯛、宝船。これらを組み合わせて一枚を設計する。日の出は右上に、波は下に大きく、鯛は跳ねさせ、宝船を浮かべることもある。決まりがあるからこそ、その中での配置に職人の手が出る。同じ縁起物でも、置きどころ一つで旗の表情は変わるのだ。

色は塗り分けの順番が命だ。隣り合う色がにじみ合わないよう、濃淡を考えて挿していく。薄い色を先に、濃い色を後に。群青の波と緋の日の出が触れる境目には、筒描きの糊で細い白を一本逃がしておく。糊が堤防になって、色のにじみを防いでくれる。順番を間違えると、せっかくの境目が濁ってしまうのかもしれない。

大漁旗の仕事には、動かせない締め切りがある。進水式の日取りだ。潮や暦で決まるその日は、こちらの都合では一日も動かない。だから段取りがすべてになる。糊置き、地染め、色挿し、水元、乾燥——逆算して、雨の日も計算に入れて組む。間に合わせるというより、その日に向かって布を仕上げていく感覚に近い。

進水式の日は、旗の群れができる。贈り主の数だけ大漁旗が揚がるからだ。船の周りに、何十本もの旗がいっせいにはためく。私はその中から、自分の染めた一枚を探す。船名の字の癖、緋の挿し方、波頭の白の逃がし方——遠目でも、自分の手のものはわかる。あれは私の旗だ、と胸の中でつぶやく。

式が終わると、旗にはそれぞれの行き先がある。船に積まれて漁に出るものもあれば、船主の家の床の間に飾られるものもある。大漁旗には第二の人生があるのだ。私の染めた布が、誰かの家で何年も飾られ続けると思うと、染めているときの手の重みが少し変わる気がする。

この仕事には、一枚も同じ旗がない。同じ船名の注文でも、贈り主が違えば、家紋が違い、配置が違い、結局まったく別の旗になる。二十六年やってきて、同じものを二度染めたことは一度もない。一枚も同じ旗がないのが、私の誇りなのだ。布は、人の数だけ違う顔をして、海へ出ていく。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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