窯の、補修
土でできた相棒と、別れの見極め

クロギタケル(56歳・炭焼き職人34年)

窯は、土と石でできている。焼くたびに、その土が少しずつ傷んでいく。中の火は千度を超える。何日もその熱にあぶられて、天井も壁も、ゆっくりと弱っていくのだ。道具でありながら、窯は私にとって相棒のような存在なのかもしれない。

傷みは、ひびとして現れる。窯出しを終えて熱の引いた窯に入り、天井を見上げる。すると、前は無かったところに細い線が走っている。次の焼きを終えると、その線は少し伸びている。指でなぞると、縁がもろくなって、土の粉がぱらぱらと落ちてくる。ひびは生き物のように、焼くたびに枝分かれして広がっていくのだ。

小さいうちは、塗って直す。赤土に砂を混ぜ、水で練って泥にする。配合がだいじで、砂が多すぎればひび割れ、少なすぎれば乾いて剥がれる。私は赤土に砂を、だいたい三に一くらいで混ぜる。練った泥を、ひびに沿って指で押し込み、上から薄く塗り重ねていく。左官屋の真似事だが、何度もやっていれば、土が手についてくる感じで、もう足りたかどうかが分かるようになる。

塗ったところは、次の焼きの熱でゆっくり焼き締まる。生乾きのまま強い火を入れると、中の水分が一気に抜けて、塗ったそばから割れてしまう。だから補修のあとの一、二回は、火を抑えてやる。土に「慣れてくれ」と頼むような気持ちで、ゆっくり温度を上げる。窯は、急かすと応えてくれない。

それでも、塗りでは追いつかなくなる日が来る。天井のひびが何本も交わり、叩くと低く濁った音が返ってくるようになる。土が芯まで疲れている音だ。このまま焼き続ければ、いつか天井が抜ける。焼いている最中に崩れれば、窯一つ分の炭が灰になり、下手をすれば火傷では済まない。崩れる前に、作り直すと決める。これが、いちばん難しい見極めなのだと思う。

寿命の目安は、だいたい焼いた回数で分かる。私の窯は、四十回から五十回も焼けば、もう限界だ。けれども回数はあくまで目安で、原木の乾き具合や、その年の火加減で前後する。経験というものは、こうして数字と、数字に乗らない勘とのあいだに溜まっていくのだろう。

新しい窯を築くのは、数週間がかりの大仕事だ。地面を掘り、石を組んで土台にする。その上に、赤土を一段ずつ積み上げて壁を立てる。いちばん難しいのが天井だ。木の枠を渡して、その上に湿らせた土を盛り、内側から少しずつ叩いて締めていく。枠を抜いたとき、土が自分の重さで一つのドームになる。この天井の丸みと厚みで、窯の癖が決まる。火の回り方、煙の抜け方、焼き上がりの早さ——同じように作ったつもりでも、窯ごとに性格が違ってくる。

新しい窯の最初の数回は、本気の炭を焼かない。慣らしだ。低い火でゆっくり焼いて、土を芯まで焼き締める。初窯は、煙の出方も温度の上がり方も読みきれない。古い窯なら目をつぶっていても分かることが、新しい窯では一から探り直しになる。慣らしを重ねるうちに、その窯がどんな煙を吐くのかが、だんだん分かってくる。

冬になれば、窯場の小屋も手入れする。窯は土でできているから、雨と雪がいちばんの敵だ。屋根のトタンの釘を打ち直し、雨だれの当たる壁際に土を盛り足す。これも淡々とした仕事だが、怠れば窯が早く傷む。同じ窯で焼き続けることと、いつか新しい窯に変わること。そのあいだを、私はずっと土を塗りながら歩いてきた。窯と生きるのが、炭焼きという仕事なのだ。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。