巡業の、鬘箱
劇場を離れる鬘の、旅の暮らし

クロサワリク(45歳・歌舞伎の床山23年)

床山という仕事をしていると、年に何度か、劇場を離れて旅に出る。地方巡業だ。役者と一座が町から町へ移っていく、あの旅役者の哀愁とでも言うべきものの中に、私たち裏方もいる。鬘箱を抱えて、夜行のトラックの助手席で揺られながら、私はいつも、これは旅なのだと思う。

巡業がきまると、まず鬘箱の荷造りから始まる。何が大変かといえば、数だ。たとえば昼夜で二演目、それぞれに役者が五人六人、早替わりのある役は替えの鬘まで要る。立役の髷、女方の島田、亡霊の乱れ鬢。一つの箱に詰められる鬘は知れているから、演目分を数えて箱を割り振っていく。箱の中は、台金が触れ合って型が崩れないように、和紙を丸めて隙間を埋め、生え際を上にして寝かせる。湿気が入ると毛が膨らんで結いが寝るので、乾燥剤も忍ばせる。湿気と型崩れとの、終わりのない戦いのようなものだったと思う。

移動の日がいちばん気を揉む。鬘はトラックの荷台に積まれて運ばれるのだが、夏場の荷台は、扉を閉めれば蒸し風呂になる。鬢付け油は熱に弱い。溶ければ毛先に回って結いが落ちる。だから夏の巡業では、荷台の温度というものを、私はずっと気にしている。停車のたびに荷台に上がって箱を開け、台金に触れて熱を確かめる。あの油の甘い匂いが、熱でいつもより濃く立つと、まずいと思う。

町に着くと、楽屋に床山の仕事場を作るところから始まる。劇場の楽屋と違って、地方の会場は毎回かたちが違う。鏡の位置も、棚の高さも、コンセントの場所も。私は劇場の自分の仕事場の配置を体で覚えているから、それを毎回、その楽屋に再現する。鏡の右に鬢付け油、左に鋏と元結、手前に櫛を扇形に。配置が同じなら、目をつぶっても手が道具に届く。違う楽屋に、同じ仕事場を立てる。それが巡業の床山の最初の仕事だったように思う。

土地が変わって意外だったのは、水だ。鬢付け油を伸ばすとき、わずかに水を使う。その水が、土地によって違う。硬い水の町では油の伸びが渋く、柔らかい水の町ではゆるい。同じ練り方をしても、指に乗る感触が違うのだ。最初の巡業のとき、私はそれが分からず、いつもの加減で結って、生え際が浮いた。土地の水に手を合わせる。そういう些細な差を、毎朝、指で調整していくのが旅だった。

会場には、花道のないところも多い。歌舞伎は花道の出入りで見せる芝居だから、それがないと役者の見得の角度が変わる。客席が三方から囲む会場もある。そういうとき、役者がどちらを向いて立つかで、見える生え際の側が変わる。だから私は、その会場の客席の形を見て、いつもより張る側を決める。役者と打ち合わせて、見える側の鬢を一分多く張る。役者と裏方の合わせ技で、足りない花道を埋めるようなものだったと思う。

そして千穐楽。その町の最後の幕が下りると、すぐに撤収にかかる。鬘を解いて型を整え、また箱に詰め直す。詰め方は来たときと同じ。次の町の楽屋でまた開けるからだ。荷造りをして、夜のうちにトラックに積み、また移動する。着いて、立てて、結って、解いて、また詰める。このリズムが、巡業のあいだじゅう、町の数だけ繰り返される。旅の暮らしというのは、たぶんこういう反復のことを言うのだろう。

巡業を終えて帰京した日、私は鬘箱を、劇場の自分の棚の定位置に戻す。旅のあいだ、毎回違う場所に立てていた箱が、ようやく決まった場所に収まる。その瞬間に、ああ帰ってきた、と思うのかもしれない。どこの町の、どんな楽屋でも、私のすることは変わらなかった。違う場所に同じ仕事場を立て、同じ手で鬘を結う。結局のところ、どこでも同じ頭を作るのが床山なのだ。場所は変わっても、台金の生え際と、私の指のあいだの一分は、変わらなかったのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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