クロサワリク(45歳・歌舞伎の床山23年)
床山という仕事を二十三年続けている。役者の頭に鬘を結い上げ、着け、外し、手入れをする。役者がいちばん見栄えのする一瞬のために、その頭の上だけを預かる仕事だと言ってもいい。伝統という言葉の重みを背負いながら、私はいまも楽屋の鏡の前に座っている。
二〇〇三年、二十二歳のとき、私は床山の親方に弟子入りした。最初の半年は油を練るばかりだったように思う。鬢付け油は固い。冬場は特に固くて、手のひらで温めながら練ると、あの独特の甘ったるい香りが指の股に染み込んで、何日洗っても抜けなかった。あの香りが、いまでも楽屋の匂いそのものとして私の中にある。
鬘というものは、私たち床山が一から作るのではない。銅板を打って役者の頭の形に合わせた台金があり、そこに人毛を一本一本植えていくのは鬘師の仕事だ。鬘師が植えた生え際を、私たち床山が結い上げ、役者の頭に着ける。作る人と着ける人が分かれている、この分業の意味を、私は長いあいだ考えていた。
弟子入りして間もないある日、親方に言われた言葉が、いまも頭から離れない。「鬘は役の頭だ。役者の頭じゃない。役者に合わせて、役に結え」。同じ演目でも、役者によって顔の大きさは違う。だから生え際の位置を、役者の顔に合わせて少しずつ調整する。けれど結い上げる様式は、役のほうに従う。役者の頭と、役の頭。そのあいだのわずかな隙間に、私の手が入っていく。
立役の髷、女方の島田。演目ごとに結いの様式は決まっていて、その図鑑のようなものが頭の中に入りきるまでに、何年もかかったように思う。若殿の凜とした生え際、町人のくだけた毛の流れ、亡霊の乱れた鬢。鬘の生え際の一本で、同じ役者が若殿にも町人にも亡霊にもなる。様式を覚えるとは、人が人でなくなる手順を覚えることなのかもしれない。
本番中、早替わりの袖というものがある。役者が舞台の袖に飛び込んでから、再び出ていくまでの、わずか数十秒。そのあいだに私たちは鬘を着け替える。手順は体に叩き込んである。考えていては間に合わない。暗い袖で、客席のどよめきを背中に聞きながら、指だけが勝手に動く。あの数十秒のために、何百回も同じ動きを繰り返してきた。
そして千穐楽のあと。すべての幕が下りたあと、私は鬘を解く。結い上げたものを、ほどいて、油を落とし、毛を整え、また次の興行に備える。役者が脱ぎ捨てた役を、私が一人で静かに片づけているような、不思議な時間だった。解かれた鬘は、ただの人毛と銅板に戻る。役は、そこにはもういない。
あれから二十三年。私はずっと、生え際の観察者であり続けてきた。人の頭の、髪の生えぎわの一本一本を見て、その人がどんな役を背負っているのかを読む癖が、いつのまにか身についてしまった。電車の中でも、街の雑踏でも、私はつい人の生え際を見ている。あの弟子入りの年に出会った鬢付けの香りと、台金の生え際が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。楽屋の鏡は、今日も私の手元を静かに映している。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。