杭の、立会い(第二稿)
境界の杭を、もう一度地面に立てる仕事のこと

クシダハヤテ(33歳・測量士10年)

基準点の石や、高さの道の話は前に書いた。今日は境界の杭の話だ。電話は、たいてい「境界をはっきりさせたい」で始まる。私はそこで、相続か売買か、図面はあるか、隣は何軒接しているかを聞く。地面のどこかに、昔だれかが打った杭が埋まっている。それを探して、立会いを経て、もう一度立てる。仕事は、そこから動き出す。

古い石杭は素直には出てこない。境界点の座標は図面にあるから、その位置に立って足元を掘る。スコップで表土をはがし、移植ごてに持ち替え、最後は指で土をよける。十センチ、出ない。二十センチ。コツン、と硬いものに当たる。土を払うと、石の中心に小さな十字が切ってあった。明治か大正か、誰かが鏨で刻んだ十字が、地面の下でずっと境を指していた。

金属の標は、もっと厄介なところに隠れている。あるとき、図面の境界点が、隣家のブロック塀の真下に来ていた。塀を建てるとき、杭を抜かずに基礎で巻き込んだのだ。金属探知機を当てると、塀際で針が大きく振れる。けれど掘れない場所だ。塀に沿って試掘の穴を細く入れ、基礎のコンクリートの縁を露わにすると、その内側に金属標の頭がわずかに覗いた。抜くことも動かすこともできない。「ここにあります」と確認することだけが、できる。

杭が見つかっても、立会いがなければ境界は決まらない。隣の所有者に、立会いをお願いする手紙を書く。これがいちばん神経を使う。先週の下書きでは、最初「ご都合のよろしい日にお越しいただけませんでしょうか」と書いて、その一行を消した。決まらない。代わりに、第一希望と予備の日を二つ並べ、雨天は順延と書き、当日は古い図面と権利証があればお持ちくださいと足した。日時を相手に丸投げした一行を消したとき、ようやく投函できる文面になった。それでもポストの前で、口に半分入れたまま、私は少しためらう。返事が来るかは分からない。

立会いの当日には、空気がある。長く隣どうしで暮らしてきた二軒は、「ここでしたよね」「ええ、ずっと」と指をさし合い、お茶を出してくれる家もある。けれど、相続でこじれた兄弟や、売買を急ぐ片方と渋る片方の立会いでは、二人の指が同じ点に重ならない。同じ石杭を挟んで、半歩ずれた二つの主張が、三十分動かない。私はトータルステーションの後ろで、両方の指す点をミリまで測る。機械はどちらも正しく出す。どちらが境かは、出さない。

双方が「ここでよい」と認めたら、杭を立て直す。掘り出した石杭を据え直すこともあれば、コンクリート杭を新しく打つこともある。最後に、杭の頭に朱のラッカーを刷毛で乗せる。官民境界は別の色だが、隣どうしの民々境界はこの朱だ。乾くまでの数分、私はしゃがんでその朱を見ている。地面に小さな点がひとつ、もう埋もれない色を持って立っている。

決まらない立会いも、ある。二人が譲らず、図面も古くて頼りにならず、境がどことも言えないまま日が暮れる。そういうとき、私はこう言う。登記上の筆界を行政が確かめる筆界特定という制度がある。当事者の話し合いには、境界問題相談センターのADRという手続きもある。私が案内できるのはここまでだ。どちらの主張が正しいかは、測量士の私は口にしない。それは私の仕事の外にある線で、踏み越えれば、私の測った数字まで信用を失う。

うまく決まった日には、最後の数秒がある。新しい杭を打ち終えて、双方の所有者が、揃ってその杭を見下ろす。さっきまで半歩ずれていた二つの指が、いま同じ一点の上にある。二人とも黙って、朱の頭を見ている。私はうしろで三脚をたたみながら、その数秒を盗み見る。それから道具を担いで、次の現場へ向かう。今日もどこかで、誰かの境界の杭を、もう一度地面に立てに行く。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。