クズリュウガク(53歳・シールド掘進オペレーター29年)
シールド工法には終わりがある。発進した立坑から地中を進み、何百メートルか先の、もう一つの立坑へ機械の顔を出す。到達という。この現場では、あと数十メートルで操縦席を降りる。前は今日も見えない。見えない壁の向こうに測量屋が立っていて、こちらが押す数字を、向こうも睨んでいる。
残り数十メートルで、仕事の重心が測量屋に移る。線形管理の針はずっと見てきたが、到達はミリで合わせる。計画線——地中に引かれた、設計図の上にしかない一本。それに対して、いま機械の中心が右へ何ミリ、上へ何ミリずれているか。測量屋が立坑から光を飛ばし、機械の基準点を割り出して数字を寄越す。私は何百本ものジャッキの押す力を、わずかに偏らせて寄せる。ハンドルは、ここでも切らない。
到達側の立坑では、発進の逆の手順が進む。発進で土に栓をして押し出したように、到達側は壁の向こうの土を凍らせ、薬液で固めて、機械が抜けてきても水が噴き出さないように構える。防護という。壁のこちらから押す私と、向こうで待ち受ける誰か。互いに姿は見えないまま、同じ一枚の壁を挟んで、押す側と受ける側に分かれている。
残り数メートル。待ち受け側は、固めた土の壁の前で待つ。最初に来るのは音だ。固化した土を噛む鈍い音。コンクリートを擦る、乾いた音。途中で壁の鉄筋に当たると、甲高い悲鳴が一瞬混じり、すぐ消える。音が壁の向こうで太っていく。やがて壁の面に亀裂が走り、土がこぼれ、回り続ける刃の縁が闇の中から現れる。待っていた者が最初に見るのは、機械の顔ではない。回り続けるカッターの、その回転だ。
壁が抜けた。私は機械を止め、操縦席を出て、到達立坑へ回った。計画線と、私が実際に掘ってきた線が、最後にどれだけ合っていたか。測量屋が数字を読み上げる。中心のずれは、横に三センチ、高さに二センチ。数百メートル掘って、答えは数センチだった。私はそれを記録に書いた。測量屋が手を差し出す。短く握って、離した。
役目を終えた機械は、ここで解体する。発進で坑底に組み上げたのと、逆の順序だ。カッターのついた前胴は、整備して次の現場へ送れるよう、丁寧に外す。シールド機は高い。生き延びられる部品は、生かす。一方で、テールの一部や使い捨ての部材は、トンネルの内装に巻き込まれて土の中に残し、二度と陽を見ない。生かす部品と、置いていく部品。最後の仕事は、その仕分けだった。
解体の前に、一度だけ、掘ったトンネルを歩いて戻った。到達立坑から発進立坑まで。仮設の裸電球が点々と続くだけで、足元はセグメントの輪が連なっている。一輪ごとに、この一周を組んだ日の覚えがある。歩くと、自分が何メートル掘ってきたのかが、足の裏で分かる。やがてここには内装工事が入り、配線が通り、壁が貼られ、私が組んだセグメントの肌は誰の目にも触れなくなる。その前の、通り初めだ。
立坑の底から上を見ると、空は四角く、切手ほどしかない。発進の日に見上げたのと、同じ四角だ。私はエレベーターに乗った。耳が、また詰まった。次の現場の図面は、もう届いている。新しい発進立坑、新しい計画線、新しい機械の癖。また、見えない前を読む。