横山(Y Lab 主宰)
京都とコペンハーゲンで暮らして、同じ「肩代わりしない」でも、中身はまるで違うのだと知った。どちらの街も、すぐには助けない。けれど、その距離の取り方が正反対だった。こちらが勝手に育つのを待っているのか、こちらのやり方をただ値踏みしているのか。その違いは、住んでみると台所や路地の手触りの中に出てくる。
京都に一年住んだ。毎週ゴミを出していたのに、分別の仕方を誰も教えてくれなかった。ある日ようやく、今までずっと間違っていたと分かった。
「一年住んだんやから、そろそろゴミの捨て方、覚えてもろてもええんとちゃうか」
その一言で、教えられなかった時間の長さより、見られていた時間の長さのほうが前に出た。困っていたら教える、ではない。間違いは見えているが、手は出さない。京都は閉鎖的だ、とそのとき強く感じた。肩を貸す以前に、まず相手を見極める。そういう静かな壁があった。
そのあとデンマークに移った。食器を拭くとき、布巾を濡らして絞ってから使っていた。何度か繰り返したあとで、「それ、濡らさなくていいよ」と言われた。サンドイッチを作る場面でも、違う色のバターが並んでいて、自分は手近なほうを使っていたが、周りは別のほうを使っていた。「どっちがいいの」と聞くと、「こっちのほうがいい」と返ってくる。「なんで教えてくれなかったの」と聞いたら、「それでもいいかなと思ってたから、放っておいた」と言う。
ここでは、相手の手つきをすぐ矯正しない。失敗でも迷いでも、まずその人の持ち場として残しておく。必要なら言うが、先回りして奪わない。肩は貸すけど肩代わりはしない、という線が、暮らしの小さな場面にまで通っていた。
その線は、街のつくりにも出ていた。中心部には、若者が夜に集まり、音楽をかけ、騒ぐ場所があった。禁止しきらず、囲い込みもしないまま、使わせていた。取り壊しの話が出たとき、大きな反対運動になり、最後は火炎瓶まで飛んだ。都市の真ん中でそこまで行くのか、と驚いたが、街の側には若者に「bold であれ」と背中を押す力があった。危うさごと受け止める度量がある。
クリスチャニアもそうだ。軍の跡地に人が入り、ホームレスが住み、子どもの遊び場になり、住民が増え、独立を名乗り、旗までできた。いまは観光地で、大麻も売られている。出口には「ようこそEUへ」とある。ここから外がEUで、内側は別の国だ、という顔つきで立っている。周囲の住民が本気で支えているのか、ただ放っているのか、判然としないまま続いている。その曖昧さごと、街の器に入ってしまっている。
京都は見ているが、容易には肩を貸さない。コペンハーゲンは場所を残し、余白を残し、相手が選ぶぶんだけを引き受ける。どちらも肩代わりはしない。だが前者には判定の気配があり、後者には許容の気配がある。同じ不介入でも、片方は沈黙が圧になり、もう片方は環境そのものが支えになる。二つの都市で教わらなかったことは多い。けれど、教えないという行為にも、これほど違う温度があることは、住んでみないと分からなかった。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。