チェックアウトの、ない部屋
娘が出ていった翌朝、夜勤明けに

マキノトモエ(49歳・ホテル客室清掃員22年)

一部屋、三十分。ベッドを直し、ユニットバスを磨き、アメニティを入れ替え、掃除機をかけ、ゴミを出す。チェックアウト十一時、次のチェックイン三時。その四時間で、廊下の端から端まで、ゆうべを消す。それが二十二年やってきた仕事だ。夜勤の晩は十五室。整え終わるころ、外が明るくなっている。

娘の引っ越しは、昨日の昼に終わった。この春、高校を出て、進学先の街で一人暮らしを始める。夫と二人でアパートまで段ボールを運んで、私はそのまま夜勤に入った。十五室を整えて、いつもの始発で帰った。電車の窓の外は春の光に満ちていて、どこかの桜が、もう咲き始めていた。巣立ちの季節なのだ、と思った。

家に着いた。夜勤明けは、洗面所で手を洗うのが先だ。二十二年、その順番でやってきた。その朝は、洗面所より先に、二階の娘の部屋の前に立っていた。ドアは、昨日段ボールを出したときの角度のまま、開いていた。

部屋を見て、気づいた。私は、チェックアウトした部屋を見る目で、娘の部屋を見ていた。壁には、ポスターのあった場所だけ四角く白く残っている。日焼けの差だ。机のあった床に、脚の跡が四つ。ベッドの上に、梱包テープの切れ端が一本、丸まって落ちていた。ゴミ箱には、シャープペンの替え芯の空きケースと、プリクラが一枚、捨ててあった。私は、忘れ物の点検を始めていた。

うちのホテルでは、お客様の忘れ物は三ヶ月保管する。三ヶ月たって連絡がなければ、処分の手続きに回る。その規定が、ふいに頭をよぎった。この部屋にあるのは、誰の忘れ物で、保管期限はいつまでなのか。考えても、答えは出なかった。そのとき、寂しさが、遅れて押し寄せてきた。十八年分の寂しさだった。

気づいたら、ベッドを整えていた。シーツの角を持ち上げて、マットレスの下に折り込む。ホテルの折り方だ。手が、悲しみより先に動いていた。二十二年の手は、頭が止まっていても動く。枕に手が伸びたところで、止まった。ホテルのベッドメイクは、次のお客様のための手順だ。この部屋に、次の客は来ない。チェックアウトはあったのに、チェックインの予定がない部屋を、私は初めて整えていた。

二十二年、部屋から一泊の痕跡を消すのが仕事だった。完璧に消すほど、いい仕事だった。けれどこの部屋では、腕が逆向きに働いた。壁の、シールを剥がした跡。柱の、鉛筆の横線。低いところから上へ、順に並んでいる。身長を測った線だ。私はそれを、消したくなかった。娘は、私の手を離れて、自分の空へ飛び立っていった。この線だけが、ここに娘がいた証なのだった。

階段の音がして、起きてきた夫が部屋を覗いた。しばらく黙って見てから、「ここ、物置にする?」と言った。私は怒らなかった。前なら、怒っていたかもしれない。家事の連載で教わった言葉で言えば、夫はこの部屋を保留ボックス——すぐに判定できないものを、一旦入れておく箱——に入れようとしているのだ。夫は夫のやり方で、同じものを見ている。「まだいい」と私は言った。夫は頷いて、下へ降りていった。

整え終えたベッドは、ホテルの仕上がりだった。完璧で、よそよそしかった。私は枕を少しだけ、窓側に斜めにずらした。娘が頭を置いていた側に、一センチ。二十二年、私は部屋をなかったことにする仕事をしてきた。なかったことに、しない部屋が、私には初めてできたのだ。それはたぶん、悪くないことなのだと思う。ドアは閉めずに、半分だけ開けたままにして、洗面所へ手を洗いに行った。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。