連泊の部屋は、入らないでください
入らないことが仕事になる、四日間のこと

マキノトモエ(49歳・ホテル客室清掃員22年)

朝、清掃割当表が配られる。部屋番号の横に、記号が振ってある。「C/O」はチェックアウト、その部屋は今日空になるから、隅から隅まで消す。「STAY」は連泊、客はまだいるから、ベッドを直して、タオルを替えて、ゴミを出す。私たちは表の記号の順に、廊下を進んでいく。

ところが、ドアノブに札がかかっている部屋がある。「起こさないでください」。英語では Do Not Disturb、私たちは DND と呼ぶ。札がかかっていたら、入らない。ノックもしない。表に STAY と書いてあっても、その部屋は飛ばす。入らないことが、決まりだからだ。

八階に、三日続けて DND の部屋があった。窓の外には灰色の雲が低く垂れこめていて、廊下にはエアコンの音だけが静かに響いていた。札はいつも同じ向きで、赤い面をこちらに見せていた。裏返せば「お部屋の清掃をお願いします」になるのに、その客は三日間、一度も裏返さなかった。

二日目の昼、その部屋のドアが、チェーンの幅だけ開いた。隙間から手が出てきて、「タオル、もらえますか」と言った。私はカートからバスタオルを二枚、フェイスタオルを二枚抜いて、その手に渡した。手は受け取って、ドアはまた閉まった。顔は見ていない。私は客の顔を見ない仕事だから、それでよかったのかもしれない。札の赤い面は、まだこちらを向いていた。

入らない部屋というのは、清掃員にとって不思議なものだ。表には載っている。番号もある。けれど私は中を知らない。ベッドがどう乱れているのか、ゴミ箱がどれくらい埋まっているのか、窓のカーテンが開いているのか閉じているのか、何も分からない。存在するのに、見えない部屋。私はその前を、一日に何度も素通りした。

三日目、まだ DND だった。決まりでは、連泊で清掃が三日入らなかった部屋は、インスペクターに報告することになっている。安否確認のためだ。中で客が倒れているかもしれない。私は事務所に下りて、インスペクターに「八階の、あの部屋、三日 DND です」と伝えた。インスペクターは割当表に何か書き込んで、「分かった、上に上げる」と言った。私の仕事はそこまでで、そのあとどうなったかは、私は知らない。

四日目の朝、その部屋の札が外れていた。ドアは半分開いていて、中は空だった。客はチェックアウトしたのだ。私はカートを押して、初めてその部屋に入った。ベッドは三日分の重さで沈んでいて、ゴミ箱はコンビニの袋やペットボトルでいっぱいだった。タオルは床に積み上がっていた。私が二日目に渡したタオルも、たぶんその中にあった。窓のカーテンは閉じたままで、部屋には人のいた空気が、三日分こもっていた。

私はカーテンを開けた。三日ぶりの光が入ってきて、部屋の埃が、光の中で静かに舞った。窓を開けて、三日分の空気を逃がす。それから、いつもの三十分が始まった。ベッドを剥がし、ゴミを集め、タオルを数える。入らなかった三日間が、この一回で消えていく。入らないことも、入ることも、どちらも私の仕事なのだと、そのとき思った。

連泊の部屋に入らない時間というのは、何もしていない時間ではない。入らないことで、私はその客の「そっとしておいてほしい」を守っている。見えない部屋を見ないでおくこと、それこそが、この仕事のいちばん奥にある核心なのだ。私は客の顔を知らない。知っているのは、札の赤い面と、四日目の部屋の空気だけだ。それでいい。私は、入らないでいられる清掃員でありたいと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。