バリの、指先
入社一年目、指がバリを覚えるまで

マナベシオン(23歳・町工場のバリ取り工5年)

町工場でバリ取りをして五年になる。バリというのは、機械で削った金属の角に残る、ささくれのことだ。旋盤やフライスやドリルが九割九分まで部品を作る。その残りの一分、角に出た金属の返りをヤスリとリューターで落とすのが、私の仕事だ。社長には入った日に言われた。「機械は九割九分まで作る。残りの一分が手の仕事だ」。

高校を出てこの工場に入ったのは二〇二一年の春で、私は十八歳だった。油の匂いのする工場に夕陽が差し込んで、ベテランの背中が金色に光っていたのを、今でも覚えている。最初に与えられた仕事がバリ取りだった。新人はまずここから、というのが、この業界の決まりのようだったと思う。

バリは、目より先に指が見つける。これを覚えるのに一年かかった。最初のうちは部品を目で見て、光って尖って見えるところを探していた。でもそれでは遅いし、見落とす。ある日、先輩が私の手を取って軍手の上から部品の縁をなぞらせた。「目で探すな。指で探せ」。軍手越しでも、引っかかるところは引っかかる。布の上から、金属の小さな返りが、ちりっと指の腹に触れる。それが分かるようになるまで、一年かかった。

図面には、バリのことはほとんど書かれていない。注記の欄に「バリなきこと」とだけある。それだけだ。どの角を、どこまで、どんな手触りまで落とせばいいのか、図面は何も教えてくれない。「バリなきこと」の四文字が要求しているものを、私たちは指で測るしかない。爪を立てて引っかからなければ合格、引っかかればやり直し。基準は紙の上ではなく、検査の人の親指の腹にある。

仕上げた部品が検査から戻ってくることがある。付箋に「バリ残り」と書いてある。たった四文字だ。でもこれが、悔しい。自分の指では落としたつもりでいた角に、検査の指は返りを見つけている。その付箋を貼られるたびに、自分の指がまだ検査の人の指に追いついていないのだと分かる。戻ってきた部品を、私はもう一度、今度は灯りに当てて、指でなぞり直す。

単純作業だと言われる。同じ動作の繰り返しだろう、と。でも部品ごとに、バリには癖がある。アルミのバリは柔らかくて、ヤスリにねっとり乗ってくる。鉄のバリは硬くて、リューターの先で弾くように飛ぶ。ドリルが抜ける際にできる返りは、入口と出口で出方が違う。穴の出口側に、めくれた花びらみたいな返りが残る。材質とヤスリの番手と、リューターの先端の形。組み合わせは部品の数だけある。同じ動作なんて、一度もない。

軍手は、いつも指先から破れる。親指と人差し指の先。そこが、私がいちばん部品に触れている場所だからだ。新しい軍手を下ろしても、一週間もすれば同じところに穴があく。破れた指先から金属の粉が入って、指紋の溝が黒くなる。その黒い指先で、また次の角をなぞる。自分の仕事の場所が、どこにあるのか。それは、軍手のどこが破れるかを見れば分かる。

あの春から五年が経った。今では私も、新人の手を取って軍手の上から縁をなぞらせる側になった。指でしか分からないことを、言葉でどう渡せばいいのか、まだうまく言えない。ただ、機械が作った九割九分の、その先の一分を、私の指は今日も探している。残りの一分が、私をいまの私にしてくれた。工場の窓から差す夕陽は、五年前と同じように、削り終えた部品を金色に光らせている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。