後輩の、軍手
五年目、教える側にまわる

マナベシオン(23歳・町工場のバリ取り工5年)

この春、高卒の後輩が入った。十八歳。五年前の私と同じ歳だ。初日に握らせたヤスリを、思っていたより重そうに持っていた。あの重さを、私も覚えている。新人はまずバリ取りからだ。私が教える番になった。月日が経つのは早いものだと、つくづく思う。

教える順番から決めた。まず、バリとは何か。機械が削った金属の角に残る返りのこと。次に、ヤスリの番手。それから、目ではなく指で探すこと。私が五年かけて覚えた順に並べ直すと、思いのほか長い列になった。一年目の自分が、これを全部いっぺんに渡されていたのかと思うと、よく逃げなかったものだ。

つまずいたのは、いちばん肝心なところだった。「ここを触って、引っかかったら残ってる」。私はそう言って、後輩の指を部品の縁に当てた。後輩は、きょとんとしていた。「引っかかる」が、伝わらない。私の指にとっては、ちりっと触れる小さな返りが、後輩の指には何も触れていないらしい。私の言葉が、私の指から離れて、宙に浮いていた。言葉にすると、こんなに頼りないものなのか。

後輩の軍手を見て、おやと思った。破れる場所が、私と違う。私は親指と人差し指の先から破れる。後輩は、人差し指の根元と、手のひらの真ん中だった。ヤスリの持ち方の癖だ。後輩は柄を握り込んで、手のひらで押している。私はもっと先のほうを、指でつまむように持つ。どちらが正しいというわけでもない。ただ、破れる場所が、その人の手の使い方をそのまま映していた。

直すべきか、迷った。私の持ち方を教えれば早い。でも後輩の握り込む持ち方は、力が入る。固い鉄のバリには、案外向いているのかもしれない。その子の持ち方として伸ばすべきなのか、それとも私の型に合わせさせるべきなのか。教える側になって初めて、こういうことに迷うのだと知った。

後輩のバリ残りが、検査から戻ってきた日があった。付箋に「バリ残り」。四文字だ。五年前、私もこれを貼られた。あのとき先輩に言われた言葉を、私はまだ覚えている。「指が、追いついてない」。きつい言い方ではないが、効いた。後輩には、そのままは言わなかった。代わりに、戻ってきた部品を二人で灯りに当てて、「ここ、もう一回なぞってみ」と言った。同じことを伝えるのでも、言い方には、たぶん順番がある。

休憩時間、後輩が自販機の前で訊いてきた。「この仕事、続くと思いますか」。缶コーヒーの落ちる音がして、私はすぐには答えなかった。続く、とも、続かない、とも言えた。かっこいい答えもできた。手に職だとか、機械にできない仕事だとか。でも、それは言わなかった。「分からん。でも、軍手の破れる場所が変わってきたら、たぶん上手くなってる」。それだけ言った。後輩は、よく分からない顔で頷いていた。

五年目の私の指は、もう「引っかかる」を言葉にしなくても、勝手に引っかかりを見つける。でもそれを、十八歳の指に渡すには、言葉に戻さなければならない。指から言葉へ、言葉からまた誰かの指へ。教えるというのは、結局、自分の五年を一度ほどいて、もう一度たどり直すことなのだ。そうやって、私の指は、私の指になったのだから。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。