「都心よ、摩天楼と、優雅に目覚めよ。」
東京? いや、違う。これは名古屋市千種区・今池のタワーマンション「ザ・ファインタワー名古屋今池」(29階建て、2026年竣工)の広告コピーだ。公式サイトによれば、ニューヨークやロンドンを引き合いに出し、今池を「次の時代」へ押し上げると宣言している。
今池を知っている名古屋市民なら、この大胆さに笑うか、感心するかのどちらかだろう。居酒屋と古書店とライブハウスの街に「摩天楼」。しかしマンションポエムとは、現実の地理を理想の物語に書き換える装置なのだ。これは東京でも台湾でも韓国でも同じだった。名古屋も例外ではない。
第2回で、大山顕氏の分析を紹介した。首都圏のポエムには「歴史」がなく、関西のポエムには「緑」がない。では名古屋はどうか。
名古屋は興味深い位置にいる。東京のように全国認知度の高いブランド地名(南麻布、成城、白金台)は持たない。しかし京都のように千年の歴史を語れるわけでもない。名古屋城はあるが、それは400年のスケールだ。緑はそこそこある(東山公園、鶴舞公園)。
つまり名古屋のポエムは、東京の「都心・未来」でも関西の「歴史・伝統」でもない、第三の文法を編み出す必要がある。実際のポエムを見ていくと、それが見えてくる。
名古屋で「高級住宅地」と言えば、覚王山、星ヶ丘、八事、東山あたりが挙がる。なかでも覚王山は特別だ。関電不動産開発の「シエリア覚王山」の広告コピーを見てみよう。
「日泰寺を眼前に名古屋都心の永華を見晴らし、覚王山の歴史と文化に寄り添うポジション。」
日泰寺。ここに名古屋ポエム独自の歴史装置がある。日泰寺は「日本とタイの寺」の意で、1904年にタイ王室から寄贈された釈迦の仏舎利を安置するために建立された。「覚王山」という地名自体が、この寺に由来する。
東京のマンションポエムが「歴史」を語れなかったのは、東京の歴史が江戸以降400年に限られるからだった。しかし覚王山のポエムは、仏教とタイ王室というアジア的な歴史の奥行きを呼び出すことができる。京都の千年には及ばないが、東京にはない種類の歴史だ。
もうひとつ注目すべきは「永華」という語だ。「永遠の華」と読めるが、これは一般的な日本語ではない。辞書にもない。コピーライターが覚王山のために創り出した造語だ。名古屋のポエムには、こうした大胆な造語が目立つ。
名古屋のマンションポエムを読んでいて驚くのは、東京にはない造語が次々に出てくることだ。
「四方天空、星ヶ丘、奇跡の地。時を越え語り継がれる邸宅へ。」
——バンベール星ヶ丘ヒルズ
「四方天空」。四方に空が開けている、という意味だろう。しかしこの四字熟語は存在しない。「四方八方」と「天空」を掛け合わせた完全な創作だ。そしてそれが「星ヶ丘、奇跡の地」と続く。星ヶ丘は住宅地としては良い場所だが、「奇跡」と形容されると、もはや聖地巡礼の趣がある。
「邸位継承 誇り高き邸宅の歴史が、はじまります。」
——グランドヒルズ春山
「邸位継承」。「帝位継承」の「帝」を「邸」に入れ替えた語呂合わせだ。皇位が邸宅に宿る——台湾の「帝寶」にも通じる権力のメタファーだが、名古屋のこのコピーは「はじまります」と丁寧語で締める。権力を宣言するのではなく、権力を匂わせながら丁寧に誘う。このバランス感覚が名古屋的かもしれない。
東京のマンションポエムが「上質」「洗練」「邸」「杜」など既存の高級語彙を組み合わせるのに対し、名古屋のポエムは言葉そのものを創る傾向がある。全国区のブランド地名を持たないがゆえに、地名の格を言葉の力で一から構築する必要があるのだろう。
「人生のすべてに最上を求める人々へ。」
——NAGOYA the TOWER(地上42階建て、名駅エリア)
第2回で紹介した大山顕氏の「世界征服系」——「掌中に収める」「手中に」といった、高層階から街を支配するメタファー——は名古屋にもあるのか。
「人生のすべてに最上を求める」は、直接的に街を征服はしていない。しかし物件名が「NAGOYA the TOWER」だ。定冠詞つき。名古屋の、その、タワー。「数あるタワーの一つ」ではなく、「名古屋を代表する唯一のタワー」という宣言が物件名に埋め込まれている。
東京では「THE TOWER」を名乗る物件はいくつもあるので唯一性は成立しにくいが、名古屋では42階建てが堂々と「THE」を冠しても、それなりの説得力がある。都市のスケールとポエムの強度は比例しない——むしろ、東京より名古屋のほうが「THE」を名乗りやすいのだ。
ここで、第2回の分析フレームを名古屋に当てはめてみよう。
| 東京 | 関西 | 名古屋 | |
|---|---|---|---|
| 「歴史」 | ほぼ使わない | 千年スケールで多用 | 独自の歴史装置(日泰寺) |
| 「緑」「自然」 | やや使う | ほぼ使わない | そこそこ使う |
| 地名ブランド | 全国認知度が高い | 全国認知度が高い | 地域限定(造語で補強) |
| 「都心」の意味 | 広範囲・多極 | 梅田・難波 | 名駅+栄の二極 |
| 造語の頻度 | 既存語彙の組み合わせ | 漢字二文字の定型 | 大胆な造語が多い |
名古屋のマンションポエムは、東京型でも関西型でもない第三の型だ。歴史を拒否するのでもなく、千年で殴るのでもなく、独自の歴史装置を持ち出す。地名が全国区でないからこそ、言葉を創って地名に格を付与する。「都心」は名駅と栄に限定されるが、だからこそ「THE TOWER」が成立する。
名古屋のポエムの本質は、ないものを造語で創り出す力にあるのかもしれない。
マンション口コミサイト「e-mansion」には、「名古屋キャッチコピー選手権」というスレッドがある。名古屋のマンション住民たちが、面白いポエムを投稿し合い、ツッコミを入れる場だ。
大山顕氏がデイリーポータルZの記事「地元のマンションポエムがおもしろい」(2015年)で指摘したように、マンションポエムの面白さは地元の目で読んだときに倍増する。「四方天空、星ヶ丘、奇跡の地」は、星ヶ丘を知らない人にはただの美辞麗句だ。しかし星ヶ丘をよく知っている名古屋市民が読めば、「奇跡って……」と苦笑いしつつも、どこか誇らしい気持ちになるかもしれない。
マンションポエムは、外から来た目には滑稽に映り、地元の目には「ちょっとくすぐったい自慢」になる。この二重性こそが、マンションポエムという文化現象の核心だ。
台湾の「帝王位」、韓国の「래미안」、そして名古屋の「四方天空」。スケールは違えど、不動産ポエムが担う機能は同じだ——物件を物語に変える。
名古屋のポエムは、東京や関西に比べて研究の蓄積が少ない。大山顕氏の分析も主に首都圏と関西圏が対象だ。だからこそ、名古屋のポエムには掘り甲斐がある。
読者の皆さんへ——通勤途中の駅で、ポストに入ったチラシで、街角の看板で、名古屋のマンションポエムを見かけたら、ぜひ写真を撮っておいてほしい。ソノダが喜んで分析します。