ソノダマリ・ヨコヤマサトシ
前回、マンションポエム60年史を辿った。その冒頭で「1960年代にはポエムが不要だった——設備の事実が十分に魅力的だったから」と書いた。今回は、その証拠をお見せしたい。1960年に制作された映画『団地への招待』である。
「Invitation to the housing complex (1960)」(高画質・公式完全版)。約17分。
主人公は、来月結婚を控えた若い女性。婚約者とともに、兄夫婦が住むひばりが丘団地を訪れ、新生活の準備として「団地の勉強」をする——というのが映画の筋立てだ。
兄夫婦のアパートは74号館の208号室。つまり2階の右から8番目。主人公は姉(兄の妻)に案内されながら、団地のあらゆる設備と暮らし方を一つずつ教わっていく。
この映画の17分間を観て驚くのは、そこにポエムが一切存在しないことだ。
映画の中で主人公が感嘆するのは、すべて具体的な設備だ。
現代の私たちにとって、防犯チェーンもダイニングキッチンもガス風呂も「当たり前」だ。しかし1960年当時、これらは革命的な新設備だった。だから映画は17分間を費やして、一つ一つの設備を丁寧に紹介する。「上質がそびえる」と詠む必要はない。「自動炊飯器がある」と言えば、それだけで十分に魅力的なのだ。
#9で提示した補填の原理を思い出してほしい。不動産ポエムは、その場所に「ないもの」を言葉で埋める装置だ。ポエムが饒舌な場所ほど、何かが足りない。
『団地への招待』の時代には、この原理が逆方向に作用している。団地には「ないもの」がなかった。水洗トイレ、ダイニングキッチン、ガス風呂——すべてが本当に新しく、本当に魅力的だった。補填すべき不足が存在しないとき、ポエムは不要になる。
主人公は「あたしたちも、ともかせぎで生活設計しなくっちゃ」と言う。住まいへの憧れが、具体的な設備と生活計画に直結している。「上質」や「洗練」のような抽象語は一語も出てこない。抽象語が必要になるのは、具体的な魅力が飽和した後なのだ。
この映画で印象的なのは、「共同生活」というキーワードが何度も繰り返されることだ。
現代のマンションポエムは、隣人の存在を完全に消去する。「人生に、南麻布という贈り物。」に隣人はいない。「洗練の高台に、上質がそびえる。」に共同生活の苦労はない。マンションポエムが描くのは、常に「あなた」だけの世界だ。
しかし1960年の団地は違った。集合住宅に住むことは「新しい社会に参加すること」であり、映画はそれを堂々と語る。水が溢れれば階下に迷惑がかかる。トイレに硬い紙を流せばご近所のトイレも詰まる。個人の快適さと共同体の責任は不可分だった。
1960年のメッセージ:団地は新しい社会。共同生活の責任を果たそう。
2020年代のメッセージ:この邸宅で、あなただけの時間を。
60年の間に、集合住宅の広告から「隣人」が蒸発した。#9の蒸発の原理は、言語間だけでなく時代間にも作用する。「共同生活」という概念は、マンションポエムの進化の過程で意識的に蒸発させられたのだ。
映画の主人公が「すごい!」と言うのは、洗濯機、冷蔵庫、ステレオに対してだ。物質的な設備が憧れの対象だった。
60年後の今、洗濯機も冷蔵庫もすべての家庭にある。マンション間の設備差は縮まり、「自動炊飯器があります」では差別化できない。物質的な設備が飽和したとき、広告は何を売ればよいか。
答えが物語だ。「人生に贈り物」「あなたは誰ですか」「上質がそびえる」——マンションポエムは、設備では語れなくなった差異を、言葉の物語で補填する。
| 1960年 | 現在 | |
|---|---|---|
| 「すごい!」の対象 | 洗濯機、冷蔵庫、ガス風呂 | 上質、洗練、物語 |
| 広告の主語 | 設備(モノ) | あなた(ヒト) |
| 隣人の存在 | 前面に(共同生活) | 消去(あなただけの時間) |
| ポエムの必要性 | 不要(事実で十分) | 不可欠(物語でしか差別化できない) |
マンションポエムが生まれたのは、住宅の設備が「当たり前」になった瞬間だ。「当たり前」のものは広告にならない。だから言葉は設備の外側——ライフスタイル、自己実現、街の物語——へと逃げていった。『団地への招待』は、その逃走が始まる前の、最後の幸福な時代の記録なのだ。
17分の映画が教えてくれるのは、マンションポエムが歴史的必然として生まれたということだ。
1960年、住宅広告にポエムは要らなかった。設備が新しく、暮らしが新しく、社会が新しかった。「自動炊飯器がある」は広告として十分だった。
その時代が終わったとき——すべての設備が「当たり前」になったとき——広告は「上質がそびえる」と詠み始めた。マンションポエムは、豊かさの飽和がもたらした文化現象なのだ。
この映画を「ポエム以前」の一次資料として、このシリーズのアーカイブに加えたい。