取扱説明書の注意書きが増えた事故の年表
PL法以前と以後

ワタナベ(65歳・元会社員)

「開けるな」「食べるな」。今でこそ、家電製品からお菓子の袋に至るまで、あたりまえのように目に飛び込んでくる注意書きですが、昔はこんなにうるさくなかったように思います。昔はみんな「そんなこと、言われなくてもわかるだろう」と、どこかで思っていたフシがある。しかし、世の中はそう甘くなかった。常識の範囲を超えた事故が、実際に起こってしまったからこそ、今日の「しつこい」とも思える注意書きの文化が生まれたのです。

私が若かった頃、高度経済成長の只中にありました。新しい製品が次々と生まれ、生活は豊かになるばかり。しかし、その陰で、製品の思わぬ落とし穴が人々の生活を脅かす事件が頻発していた。例えば、1955年の森永ヒ素ミルク事件。粉ミルクにヒ素が混入し、多くの子どもたちが命を落としたり、健康を害したりしました。これは製品そのものの「製造上の欠陥」でしたが、消費者が企業側の過失を証明するのは至難の業でした。

他にも、カネミ油症事件や薬害スモン、サリドマイド。これらは製品の設計や成分に問題があった「設計上の欠陥」あるいは「指示・警告上の欠陥」にも繋がる話でしょう。当時の民法では、被害者がメーカーの「不注意」つまり過失を証明しなければ、損害賠償を求めることが非常に難しかったのです。複雑な製造工程のどこで、誰が、どんなミスをしたのか。一般の消費者には、到底分かりようがない話です。

そうした背景があり、社会全体で「このままではいけない」という機運が高まりました。そして国際的な流れも後押しし、1994年に製造物責任法、いわゆるPL法が制定され、翌1995年から施行されたのです。これは画期的なことでした。製品に「欠陥」があったために消費者が被害を受けた場合、メーカーは過失の有無にかかわらず責任を負う、という考え方が導入されたのです。「過失責任」から「欠陥責任」への大きな転換でした。

このPL法ができたことで、特に重要になったのが、製品の「指示・警告上の欠陥」です。つまり、製品を安全に使うための適切な説明や、潜んでいる危険を避けるための警告が不足していることも、欠陥とみなされるようになった。これが、「開けるな」「食べるな」といった、一見すると過剰にも思える注意書きが増えた大きな理由の一つです。

例えば、こんな事故がありました。電子レンジでゆで卵を温めたところ、爆発して火傷を負ったというケース。卵をそのまま温めると、内部で水蒸気が膨張し、爆発することがあります。昔の取扱説明書には、そこまで詳しく書いていなかったかもしれません。あるいは、シャンプーボトルを飲料と間違えて飲んでしまう事故。これも「飲むな」と明記されていれば防げたかもしれない。もちろん、大人の常識としては「そんなこと」なのですが、思わぬ状況や、子ども、高齢者など、様々な利用者を想定すると、やはり明記することの重要性が増しました。

「製品は、あらゆる利用者が、あらゆる状況で、いかに誤って使用する可能性があるか」という視点が、PL法によってメーカーに強く求められるようになった。この視点がなければ、製品の安全性を語ることはできない、と。

それから、海外製品の輸入が増える中で、文化や習慣の違いによる予期せぬ事故を防ぐためにも、より丁寧な注意書きが求められるようになりました。例えば、欧米では一般的でない、高温の蒸気を使う調理器具などでは、火傷の危険性をより強調する必要があるでしょう。言葉の壁もあれば、これまで経験したことのない製品の特性もありますから、文字にして伝えることの重みが増したのです。

今日の私たちは、様々な製品に囲まれて生活しています。その製品の一つ一つに、先人たちの事故の教訓と、それに対する企業の責任、そして消費者保護の歴史が詰まっている。「開けるな」「食べるな」といった短い言葉の裏には、多くの涙と、そして新しい法律が生まれた経緯がある。そう考えると、少しばかり、その注意書きを見る目も変わってくるのではないでしょうか。

私が会社員時代に経験した品質管理の部署でも、PL法以降は特に、説明書や警告表示の見直しには細心の注意を払っていました。万が一の事故を防ぎ、お客様に安心して製品を使っていただくために、「ここまで書く必要があるのか」と自問自答しながら、言葉を選んでいたものです。時代と共に、安心・安全の基準は常に更新されていく。私たちの生活は、そうした地道な努力の積み重ねの上に成り立っているのです。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。