マシバケンゴ(58歳・宮大工36年)
今日は上棟の日だ。去年から解体して、傷んだ材は換え、生きている材は残し、刻み直した部材を、いよいよ組んで上げる。本堂の骨組みが、一日でもう一度立ち上がる。朝、現場に着くと、刻み終えた材が地面に並べてあって、番付の札が朝露で少し湿っていた。今日はこの並びを、下から順に空へ積んでいく。
組み上げには順番がある。まず礎石の上に柱を立て、柱と柱を足固めでつなぐ。次に柱の頭を貫と梁でつなぎ、その上に桁を渡す。梁と桁が井桁に組まれて、はじめて建物は四角く決まる。そうして組み上がった上に、最後に棟木が乗る。順番を間違えれば、後から入れる材が、もう入らない。木組みは立体のパズルで、解き方は組み立てる順番のほうに書いてある。
柱を立てる。継手や仕口は、去年のうちに刻んである。墨付けをして、鑿で刻んで、現場で組むまでは、その刻みが合っているかどうか、本当には分からない。柱の頭のほぞを、梁の枘穴へ落とす。すっと入るときもあれば、わずかに渋るときもある。掛矢で叩く。木の鳴る音が、入るにつれて高く詰まっていく。墨付けと刻みの答え合わせが、この一打ずつで返ってくる。図面の上で考えたことが、いま木の上で正解だったと分かる。
一か所、梁の仕口が入らなかった。湿気で材がわずかに動いたか、刻みが固かったか。無理に叩けば材が割れる。私は梁を一度抜いて、仕口の肩を鑿でほんの少し攫った。削りすぎれば緩む。髪一筋の見当だ。もう一度落とすと、今度は鳴って収まった。現場で出した答えのほうが、たぶん正しかったのだろう。
大きな梁や桁は、クレーンで吊る。昔は、これを全部、人の手で上げていた。修羅で曳き、ろくろで巻き、何十人もが声を合わせて、丸太の上を転がして上げた。いまはクレーンが一本で、静かに、正確に、定位置へ下ろす。私はそれを、よい悪いでは見ない。人手が機械に置き換わっただけで、定位置へ材を据える呼吸そのものは、昔の大工も今の私も、変わっていないのだと思う。吊り下ろされた桁の最後の一寸を、人の手が押して、仕口へ導く。機械が運び、人が決める。その境目だけは、たぶん百年変わらない。
棟木が上がる前に、棟梁が棟札に筆を入れる。細長い木の札に、年号と、施主の名と、棟梁以下、棟梁を含めた大工の名を墨で書く。書き終えると、これを棟木の下に納める。次にこの棟が開けられるのは、おそらく百年後だ。そのとき屋根を解く大工が、この札を見つけて、私たちの名を読む。棟札は、百年後の大工へ宛てた手紙なのだ。会ったこともない未来の誰かへ、私たちはいま、署名している。墨で書かれた名が、百年の闇の中で、読まれる日を待っている。
午後、いよいよ棟木を吊る。骨組みの最も高いところへ、最後の一本が下りてくる。柱から梁、梁から桁、桁から束、束の上に棟木。下から積んできた順番の、いちばん上だ。棟木が仕口に収まり、掛矢が二度鳴って、建物が決まった。下で見ていた檀家から、声にならない息が漏れた。施主が手を合わせる。組み上がった骨組みは、まだ屋根も壁もなく、空がそのまま透けて見える。
夕方、私は組み上がった骨組みの中に立っていた。柱の林の上に、梁と桁が井桁に渡り、いちばん上に棟木が一本、長く通っている。西日が、組まれたばかりの材のあいだを斜めに抜けて、地面に格子の影を落とした。去年まで地面に転がっていた材が、いまは私の頭の上で荷を受けている。檀家の人たちはもう帰り、現場は静かだった。棟木の、日。一日で、本堂はもう一度立った。
百年前、この棟木を上げた大工も、きっとこの同じ夕方の光の中に立っていたのだろう。彼が納めた棟札を、私は今日、解いて読んだ。そして私もまた、新しい棟札に名を書いて、棟に納めた。棟札が百年後への手紙なのだとすれば、私は今日、その手紙を一通受け取り、一通書いて出したことになる。木組みは、人から人へ、墨と名前を手渡していく仕事なのかもしれない。骨組みの中に立って、私はそんなことを思っていた。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。