メイリン(リンメイファの妹、22歳、台湾出身)
台北から東京へ来て三日目の朝を迎えた。姉のメイファは、前日から料理教室の準備で家にいなかったため、メイリンは珍しく一人で目覚めた。遮光カーテンの隙間から差し込む、頼りない朝の光が、見慣れないアパートの部屋を照らす。昨日まで聞こえていた姉の声がなく、静けさが耳に響いた。
普段なら姉と連れ立って出かけるところを、今日は一人で外に出る。東京の街を一人で歩くのは、初めての経験だった。ゆっくりと身支度を整え、小さなショルダーバッグを肩にかけた。玄関のドアノブに手をかける時、わずかな躊躇と、それ以上の好奇心が混じり合った。ドアを開けると、東京の朝の空気は、台北の湿気とは違う、ひんやりとした匂いがした。見慣れない漢字と片仮名の看板が並ぶ街並みを、少し緊張しながら歩き出す。
目黒駅の改札に着いた。目的地へ向かうには、まず切符を買う必要がある。しかし、券売機の前に立つと、その複雑さにメイリンは固まった。光る画面には、色とりどりの路線図と、漢字とひらがなが入り混じった駅名が所狭しと並んでいる。どうすれば良いのか、直感的に理解できる表示ではなかった。指を伸ばそうにも、どのボタンに触れるべきか、どの金額を選ぶべきか、一瞬判断に迷った。画面のどこから手をつければいいのか、途方に暮れる感覚だった。
その戸惑いの数秒間が、メイリンには果てしなく長い時間のように感じられた。背後からは、通勤の足音が近づいてくる。振り返らずとも、何人かの人が自分の後ろに並び始めた気配があった。焦りがじわりと胸の奥に広がる。早くしなければ、という無言のプレッシャーが、肩に重くのしかかった。その時だった。メイリンの肩越しに、そっと差し出された一本の指が、券売機の下部にある五百円玉の投入口を静かに示した。六十代くらいの女性だった。言葉はなく、ただ指先だけが、彼女を導いた。
反射的に、メイリンの口から出かけたのは、台湾での習慣で「不好意思」という言葉だった。しかし、その音節が喉の奥で詰まり、寸前で止まる。代わりに、咄嗟に脳裏をよぎった日本語を引っ張り出し、「すみません」と、か細い声で口に出した。言われた通りに手の中の硬貨を投入口に入れ、女性が次に示したボタンを押す。機械がゴトンという微かな音を立てて動き出し、やがてカチャリと音を立てて、一枚の切符が排出された。彼女は慌ててそれを掴んだ。
メイリンは、切符を受け取ると同時に、無言で助けてくれた女性に深く頭を下げた。感謝の気持ちを伝える言葉は、まだ「すみません」しか思いつかなかった。女性は何も言わず、ただ自分の手元の硬貨を取り出し、淡々と自身の切符を買い始めた。メイリンは、その場に留まることなく、すぐに改札へと向かった。一人で切符を買い、改札を通り抜け、東京の地下鉄に乗り込んだ。電車の揺れが、少しだけ彼女の心を落ち着かせた。
夕方、メイファが料理教室から帰宅した。台所で夕食の支度をしながら、洗い物をする姉に、メイリンは今日の出来事を小さく報告した。「今日、初めて切符を買った」。メイファは泡だらけの手を止めることなく、流し台の向こうの窓を見つめたまま、短い返事をした。「あらそう」。その言葉には、特別驚く様子もなく、ただ淡々とした響きがあった。
五年後、メイリンは、あの朝の出来事を思い出すたびに、メイファの「あらそう」が、肯定でも否定でもない、ただメイリンという存在の事実を静かに受容する言葉であったことを深く理解する。あの目黒駅の券売機の前での、わずか数十秒間。そこで初めて、見知らぬ人からの助けを受け入れ、母国語ではない言葉を選び直し、誰にも頼らず自分の足で動くという、三つの行動が、彼女の中で確かな一つの塊になったのだと気づいた。
彼女は、その日以来、東京の複雑な交通網の中で、一人で何度も切符を買い、目的の電車に乗り、望む場所へ辿り着いた。誰かに道を尋ねることも、時には間違えることもあったが、彼女は立ち止まることなく進んだ。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。