廃番の、棚(第二稿)
もう来ないと決まった商品の、最後の一個

ミブカレン(24歳・100円ショップの品出し6年)

連絡は一行で来る。感熱紙のレシート用紙にプリンタから吐き出される、「下記商品、次回より供給終了」。下に品番が八桁ずつ並ぶ。爆発も閉店セールもない。私はその紙を持って、品番の棚へ行く。供給終了というのは、その日から在庫が来なくなる、というだけのことだ。だから棚の最後の一個が売れた瞬間が、その商品の最後の日になる。

私は番地で商品を覚えている。霧吹きはBの07、メラミンスポンジはAの12。客の「あれ」を番地に化かすのが仕事だ。けれど廃番の「あれ」だけは、当てても指す先がない。番地ごと消えるからだ。番地を覚えている人間が、番地ごと消えた商品を、いちばんよく覚えている。

廃番を知っている常連は、買い溜めをする。終了の紙が来た翌週、ある銘柄の食器洗いスポンジのフェイスがごっそり空いた。火曜の昼に来る人だ。その日はカゴに十二個入れて、レジに置いた。私は一個ずつバーコードを読ませた。十二回、同じピッという音がした。半年分だろうか、一年分だろうか。私は数を知っていて、理由は聞かなかった。

たいていの商品には後継品が出る。同じに見える。並べても分からない。その火曜の人が、空いた棚の前で後継品を一個取り、握った。少しのあいだ、握ったまま動かなかった。それから、棚に戻した。研磨面のことだ、と私は思った。前のは、親指の付け根で押すとへたる手前で止まる硬さだった。後継品は、その止まる場所が一センチ奥にある。握れば分かる。握らなければ分からない。その人は握って、分かって、戻した。

棚の空きは、許されない。火曜の人が戻した後継品のフェイスは、翌朝にはもう別の商品で埋まっていた。昨日まで食器洗いスポンジだった場所に、別のスポンジが整然と並ぶ。商品が消えるのは紙一枚で済むが、痕が消えるのは一晩で済む。痕が消えるほうが、商品が消えるより速い。

最後の一個を買う客に、「これで最後ですよ」と言うかどうか、私はレジの手前でいつも一拍おく。言えば、その人は買い溜められなかった分を悔やむ。言わなければ、次に来たときの埋まった棚の前で、静かに立ち止まることになる。たいていは言わずに打つ。一拍は、私が言わないと決めるのにかかる時間だ。

私物で三個買ったスポンジがある。あの火曜の人が戻したのと、同じ銘柄だ。私は彼女より一日早く紙を読んでいた。だから最後の三個を、レジを通す前にバックヤードで取り置いて、自分のロッカーに入れた。後継品の研磨面が一センチ奥で止まるのを、私はもう握って知っていた。だから三個。火曜の人には、一個も残らなかった。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。