ミハマレイジ(54歳・航路標識の保守員31年)
灯浮標――海に浮かぶブイには、寿命がある。海の上にいるかぎり、私たちは喫水線から上しか触れない。だから何年かに一度、まるごと陸に揚げる日が来る。海の男にとって、ブイを陸に上げるというのは、どこか不思議な日だと思う。いつも海にあるものが、トラックの荷台で空を向いている。
交換の周期は、だいたい数年ごとと決まっている。塗装の保ちや灯器の保証で、海域ごとに年限が引かれている。私たちはその年限の来たブイを、台帳の順に揚げていく。海上で点検できるのは上半分だけだ。水面から下――係留チェーンや錘がどうなっているかは、揚げてみるまでわからない。だから周期で揚げる。壊れる前に揚げるのが、たぶんこの仕事の作法なのだろう。
陸揚げは設標船という作業船で行う。甲板にクレーンを積んだ船だ。ブイの頭の吊り環にワイヤをかけ、巻き上げる。重い。ブイ本体だけでなく、海底からつながる係留チェーンと、その先の錘――シンカーと呼ぶコンクリートや鉄の塊――を一緒に引き上げるからだ。クレーンが唸り、チェーンが海面から次々に上がってくる。水を滴らせながら、海の底にあった鉄が日に当たる。あの瞬間は、何度立ち会っても少し緊張する気がする。
引き上げたチェーンは、輪を一つずつ点検する。海底とブイのあいだ、数十メートルのチェーンが、潮と砂で擦れて痩せている。輪と輪が当たる部分が、もとの太さの何割まで減ったか。基準を割っていれば、その輪を交換する。指で触ると、痩せた輪は角が丸くなっていて、新しい輪のような噛みあう硬さがない。海の底で、誰も見ていないあいだに、鉄が静かに細っていく。
陸に揚がったブイの下半分は、鎧を着ている。フジツボと海藻が、何年分も層になってこびりついている。それをケレンで削り落とす。削ると、ガリガリ、ザリザリという音がする。海の生き物の硬い音だ。鎧の下から、もとの鉄の色が出てくる。海の上にいたあいだ、このブイは半分を生き物に貸していたのだと、削りながらいつも思う。
地金を出したブイは、塗り直す。色には意味がある。航路を入っていくとき、右舷に置く標識は赤、左舷に置くのは緑。トップマーク――頭の形も、赤は三角、緑は四角と決まっている。船はその色と形で、どちらへ寄れば安全かを知る。だから塗り間違いは許されない。私たちはただ綺麗に塗るのではない。意味を塗っている。灯器も、保証年限の来たものは新しいものに換装する。
一本のブイを揚げるあいだ、航路にはその位置に穴が空く。だからあらかじめ、整備済みの予備ブイを用意しておく。古いブイを吊り上げて外したその場所へ、間を置かずに予備を入れる。チェーンとシンカーをつなぎ、海面に放す。外した瞬間に、別のブイが同じ場所に浮かぶ。船から見れば、何も変わっていない。赤は赤のまま、緑は緑のまま、そこにある。
海の上の道路標識にも、整備工場がある。ただしその工場は、誰も見ない。船は航路の標識を見るが、その標識が陸で鎧を削られ、痩せた輪を換えられ、塗り直されていることは知らない。誰も見ない整備が、航路を支えているのだ。今日も設標船のクレーンが、どこかの港でブイを吊り上げ、海の底の鉄を日に当てている。そうして海の道は、決められた通りの色で、保たれていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。