廃止の、灯
役目を終える標識を、消しに行く日

ミハマレイジ(54歳・航路標識の保守員31年)

灯台を点けるのも、消すのも、私たちの仕事だ。三十一年のあいだに、私はいくつかの灯台を消してきた。時代の流れの中で、海の上の灯りはだんだん要らなくなっていくのかもしれない。それでも、消す日まではきちんと光らせる。消す日が来たら、決められた順番で電源を落とす。そういう仕事だと思う。

灯台が廃止になるのは、たいてい紙の上の事情だ。航路が変わった。港が閉じた。沖を通る船がもう、その灯りを目印にしなくなった。GPSの時代になって、船はもう陸の光を数えなくても、自分がどこにいるかを知っている。そういう理由が事務的に積み上がって、ある日「廃止」という決定が下りてくる。私の手もとに来るのは、その決定の最後の一枚――現場で灯を消せ、という指示書だ。

消す前に、最後の点検をする。これが妙な仕事で、消すと決まった灯台の灯器を、私はいつも通りに確かめる。灯質は出ているか。秒数は狂っていないか。点検票に数字を書き込む。壊れていない。むしろ調子がいいくらいだ。壊れていないのに消される機械を前にして、私は職業の習慣でただ秒を数えている。なんとも言えない気持ちになる、とでも言えばいいのだろうか。

消灯の日の手順は決まっている。書類の上では「○月○日をもって廃止」と一行だ。現場では、それが一連の動作になる。主電源を切る前に、まず予備電源の側を落とす。自動点滅器を止め、灯器への配線を外し、最後に主電源の遮断器を落とす。順番がある。逆にやると、落としたつもりの灯がまた点くことがあるからだ。遮断器を落とすと、昼でもわかるくらい、計器の針が静かになる。書類の上の一行が、現場では一瞬の、針の落ちる動きになる。

消したあと、灯器を外す。外した灯器には二つの行き先がある。古いレンズ式のものや、由緒のあるものは、博物館や資料館に引き取られる。残りは廃棄だ。同じように何十年も光ってきた灯器が、台帳の記述ひとつで、片方は展示ケースに、片方は鉄屑になる。その分かれ道を決めるのも紙の上で、私はただ外して、行き先の札の通りに梱包するだけだ。

廃止には、地元への説明がついてくる。漁師は「不便になる」と言う。あの灯りで港の口を見ていた、夜の出入りはどうするのか、と。観光のほうからは「残してくれ」と来る。あの灯台は町のシンボルだ、と。どちらの言い分もわかる。だが私の役回りは、廃止の理由を淡々と説明することだ。航路が変わり、その灯りを必要とする船がもういない――決まったことを、決まった言葉で伝える。それ以上のことは、私の口からは言えない。

灯を消しても、塔はそのまま残ることが多い。灯りのない灯台は、もう航路標識ではなく、ただの構造物だ。それでも錆びれば人に危ない。だから「工作物」として、別の台帳で管理が続く。点検の中身も変わる。灯質を見るのではなく、塔体に亀裂はないか、手すりは落ちないか。光を見ていた目で、こんどはコンクリートのひびを見る。灯台守の仕事ではなく、構造物の番人の仕事になる。

廃止の灯台は、海図からも消える。次の版が刷られるとき、そこにあった小さな記号が、一つ消える。緯度も経度も、灯質の表記も、ぜんぶ消える。船はもう、その点を探さない。紙の上の、静かな最後だ。誰も気づかないうちに、海の上から一つ、目印が消えている。

消すのも、灯すのと同じ保守の仕事なのだ。点ける日があれば、消す日もある。私はその両方に立ち会ってきた。壊れていない灯器を消し、外し、海図から記号が消えるのを見届ける。それが、灯りを守るという仕事のもう一つの顔なのだと、いまでは思う。今夜もどこかの港で、誰かが最後の四秒を数えて、遮断器に手をかけているのかもしれない。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。