灯質の、周期
航路標識の保守に入った年、光の観察者になるまで

ミハマレイジ(54歳・航路標識の保守員31年)

灯台と灯浮標の灯りを守る仕事を、三十一年続けている。船から見られるためだけにある光を、私は陸からと海からの両方で点検する。誰かのためというより、ただ決まった通りに光っているかどうかを、毎日確かめている。孤独な仕事だと言われることもあるが、それも悪くないと思っている。

灯りにはそれぞれ名前がある。といっても呼び名のことではない。何秒光って何秒消えるか――その周期のことを「灯質」という。単閃光、群閃光、明暗光。光り方そのものが、その灯台の名前なのだ。船はその周期を見て、いま自分がどの灯台を見ているかを知る。光るだけでは足りない。決められた通りに光らなければ、それは別の灯台になってしまう。

一九九五年、海上保安部の航路標識管理の仕事に入った。二十三歳だった。最初に先輩に連れて行かれたのは、岬の灯台ではなく、防波堤の先の小さな灯台だったと思う。先輩は計器を見ながら言った。「灯りはただ光ればいいんじゃない。決められた通りに光れ。船は周期で灯台を見分ける」。海はその日、よく凪いでいた。風もなく、遠くで漁船のエンジンの音だけが響いていたような気がする。

その頃、灯台の光源は電球からLEDへと替わっていく時代だった。古い回転式の重いレンズを、私はまだ何度か触っている。それが小さなLEDの基板に置き換わっていくのを、淡々と見ていた。寂しいような気もしたけれど、光は光だ。電球が切れて船が困るより、長く保つほうがいい。世代交代というのは、たぶんそういうものなのだろう。

灯浮標――海に浮かぶブイの点検は、船で近づいていく。波があると、ブイは思いのほか大きく揺れる。鳥の糞と、貝の付着。それを掃除するのが仕事の半分だ。海面すれすれの鉄に付いた貝を、揺れる足場で削り落とす。手袋の内側はいつも濡れていた。陸の灯台とは別の、海のほうの灯りである。

無人化された灯台の巡回もある。もう誰も住んでいない塔の、錆びた鉄の階段を上っていく。かつては灯台守の家族が暮らした部屋が、いまは機械室だ。誰もいない塔の中で、機械だけが律儀に働いている。その音だけが響く階段を上るとき、私はいつも少し厳粛な気持ちになった。光は、人がいなくても光り続ける。

灯りが消えると、漁師から電話がかかってくる。「あそこの灯台が消えとる」。短い、けれど切実な声だ。そういう通報が入ると、復旧の優先順位を決める。航路の要にある灯台が先、漁港の入口の小さな灯りはその次。海の上では、消えた光は無いのと同じだから、誰かが必ず気づく。私たちの仕事は、誰かが困る前に消えないようにしておくことだった。

海図と灯台表というものがある。自分が守っている灯りが、台帳の中に一行で載っている。緯度、経度、灯質、光達距離。私が削った貝も、上った錆びた階段も、そこには書かれていない。ただ周期の秒数だけが、正確に記されている。私の三十一年は、その一行を正しく保つことだったのかもしれない、と思うことがある。

あれから三十一年、私は光の周期の観察者になった。何秒光って何秒消えるか――その繰り返しを、来る日も来る日も確かめてきた。決まった通りに光れ、という先輩のあの一言が、光の周期が、いまの私を作ってくれたのだと思う。今夜もどこかで、私の守った灯りが、決められた通りに点いては消えている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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