ミコガミツバサ(43歳・手袋編機の調整工21年)
夏が、いちばん忙しい。手袋の産地では、季節がそっくり裏返っている。世間が冬の手袋を欲しがるとき、私たちはとうに次の冬を編み終えていて、いまは猛暑の工場で、まだ来ぬ冬のためのファッション手袋を編んでいる。職人というのは、いつも季節を一歩先に生きる人種なのだと思う。
クリスマス商戦の店頭に並ぶ手袋は、たいてい七月か八月の工場で生まれている。注文は春に来て、秋には倉庫を埋め、冬に手に渡る。生産計画表は、暦より半年早く進んでいる。エアコンのない編立場で汗を拭きながら、私はカシミヤ混の薄手を編む。窓の外は蝉の声で、機械の上には冬がある。
夏の調整は、冬とは逆向きだ。冬は湿気で糸が伸びるのを締めるが、夏は乾燥との戦いになる。工場の湿度が下がると、糸が脆くなって切れる。十三ゲージの薄物は特にそうで、給糸の張力を一段ゆるめ、ときには加湿器を機械のそばに置く。冬に締めた手で、夏は同じ糸をゆるめている。季節が逆なら、調整も逆だ。
そんな逆さの工場で、変わらないものが一つだけある。軍手だ。七ゲージの軍手機は、夏も冬も同じ拍で回り続けている。土木の現場も、工場のラインも、季節で手を止めはしない。だから軍手には繁忙期も閑散期もなく、ただ毎日、同じ太糸を同じ張力で送り出している。ファッション手袋が産地の花だとすれば、軍手は、その根のような仕事なのかもしれない。
注文には、ときどき変わったものが混じる。刃物を扱う現場の耐切創手袋は、ステンレスの細線を芯に巻いた糸で編む。空気工具を握る人のための防振手袋、食品工場で使う溶け出さない繊維の手袋。仕様書には、引張強度や、洗濯回数や、金属探知機に反応するかどうかまで書いてある。糸と編みの幅は、私が思っていたよりずっと広い。
夏は、機械を止める季節でもある。とはいえ閑散期があるわけではないから、止める段取りには工夫がいる。軍手のラインを残したまま、ファッション物の数台を順に止め、針を総入れ替えし、摩耗したカム板を旋盤に回す。一台ずつずらして止めれば、出荷は途切れない。機械にも、夏休みのような時間がいるのだと思う。
お盆には、工場も人が減る。それでも軍手機だけは、誰かが番をしていなければならない。私は子らを妻の実家にやって、交代の番に残ることが多い。蝉の声の中で、止まらないラインの音だけを聴いている夜がある。帰省の渋滞をニュースで見ながら、私はここで、来ない冬のための手袋を見張っている。
八月の終わりには、倉庫が箱で埋まりはじめる。秋の出荷ピークへ向けて、夏に編んだ冬物が、段ボールの山になって天井に届く。私はその箱の谷間を歩きながら、いつも不思議な気持ちになる。この暑さの中で、たしかに冬を作ったのだ、と。
季節の逆転こそが、この産地の暦なのだ。夏に冬を編み、冬に夏を仕込む。軍手だけがその外で、変わらず回り続けている。世間とは半年ずれた時間を生きること、それが手袋を作るということなのだと、二十一年たって、ようやく腑に落ちた気がする。今日も工場では、猛暑の中で冬が編まれている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。