五本指の、機械
産地の工場に入った年、糸の道の観察者になるまで

ミコガミツバサ(43歳・手袋編機の調整工21年)

手袋の編機を直して二十一年になる。一台で、五本の指から手のひらまでを編み上げる機械だ。指を一本ずつ別々に編むのではない。糸が一本、生地の中を行ったり来たりしながら、気がつけば五本指のかたちになっている。一筆書きのようなものだと思う。その糸の通り道を、私は全部、頭の中に持っている。

二〇〇五年の春、二十二歳で、この産地の編立工場に入った。手袋の産地である。冬になると、ここの機械が国じゅうの手をあたためる。工場には編機がずらりと並んでいて、はじめて足を踏み入れたとき、その音の壁に圧倒されたことを今でも覚えている。針が一斉に動く、規則正しい、海鳴りのような音だった。

親方は無口な人だった。入って数ヶ月、私が一台の前で針の調整に手こずっていたとき、親方が後ろから言った。「編機は手袋を編んでるんじゃない。糸の道を編んでるんだ。道が一本狂えば、指が一本死ぬ」。それだけ言って、向こうへ行ってしまった。私はその言葉を、長いあいだ反芻していたように思う。

手袋編機には、何百本という針がある。針の一本一本が、糸の通り道の関所だ。一本の針がほんのわずかに曲がっていると、そこで糸の道が変わる。編み上がった手袋を裏返すと、指先に小さな穴が空いている。針一本の曲がりが、指先の穴になる。原因と結果が、これほどまっすぐに繋がっている世界を、私は他に知らない。

音で分かるようになったのは、何年目だったろう。正常に回っている編機は、ある決まった周期の音を立てている。その周期に、ほんのわずかな濁りが混じる瞬間がある。糸が絡まる、その一拍前の音だ。耳が先に気づいて、手が機械を止める。絡まってからでは遅い。音は、たぶん、機械が私に向かって出している唯一の言葉なのだろう。

ゲージというものがある。編み目の細かさのことだ。ゲージが違えば、同じ編機でも癖がまるで違う。細かいゲージの機械は神経質で、太いゲージの機械は大らかだ。人間と同じで、それぞれに付き合い方がある。段取り替えも覚えた。軍手を編んでいた機械を、午後にはドレス用の薄い手袋に切り替える。同じ産地が、軍手から紳士物まで、これだけの振り幅を持っていることに、私はいつも少し誇らしくなる。

編み上がりの検品もする。指先の目が詰まっているか。左右の手が対称になっているか。手袋というのは、左右で一対になってはじめて手袋だ。片方だけ目が緩んでいたら、それは不良品ではなく、ちぐはぐな両手ということになる。検品台の蛍光灯の下で、私は毎日、何百という両手と向き合っている。

古い編機を生かすのも、私の仕事のうちだ。作ったメーカーがとうに消えてしまった機械がある。部品が手に入らない。だから旋盤を回して、自分で削る。図面はない。壊れた部品を手で測り、勘で削り、合わなければまた削る。メーカーが死んでも、機械は死なせない。それが、調整工というものの、ささやかな意地なのかもしれない。

あれから二十一年。私はずっと、糸の道の観察者であり続けてきた。針の曲がりを見て、周期の音を聴き、ゲージの癖を読み、両手の対称を確かめる。考えてみれば、私は手袋そのものより、手袋になる前の、糸の通り道ばかりを見てきた人間だ。あの春の日に親方が言った「糸の道」という言葉が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も工場では、編機が海鳴りの音を立てている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。