ミコシバトワ(27歳・川下りの船頭5年)
私の竿は、両手を広げて三回半ぶんの長さがある。立てると、根もとを握る右の手のひらに、五年ぶんのタコができている。深い淵では底に届かないから櫂で漕ぎ、浅い瀬では竿で底を突いて舟を押す。櫂は漕ぐ道具、竿は突く道具。同じ川を、もう五年下っている。
竿を突くには、突く場所がある。川底の、石と石のあいだ、竿先が滑らずに食い込む一点だ。砂地で突けば竿が抜けず、舟だけ流れて、竿を握ったまま川へ落ちる。岩に当てれば竿先が滑って、力がどこにも伝わらない。師匠はそれを竿の置き場所と呼んだ。突くんじゃない、置くんだ、と。
見習いになったのは二〇二一年、二十二歳の春だった。最初の一月は、客を乗せない舟の後ろに立って、師匠の竿運びを見ていた。師匠は六十を過ぎた人で、舟の上ではよく喋った。「右手の岩肌、あれが屏風岩でございます」と客に語りながら、その同じ息で、左手は櫂を一掻きして舟首を岩から半間ずらしている。口上の切れ目と、櫂を入れる間が、一度も重ならない。
見習いの春のある朝、前の晩に雨が降って、川が膝の高さぶん増えていた。私はいつもの瀬で、いつもの場所に竿を突いた。竿は底に届かなかった。空を突いた竿は流れに持っていかれ、私は片膝を舟べりに打って、竿を握ったまま舟の上に倒れた。水位が上がれば、昨日まで竿の届いた岩が、今日は届かない深さに沈む。前の晩の雨が、今朝の川底の位置を変えていた——その一本の線が、倒れて初めてつながった。
舟着き場で師匠に言われた。「川を覚えるな。今日の川を読め。昨日の瀬は、今日の瀬じゃない」。それだけだった。
それから、瀬にさしかかる前に音を聞くようになった。水が多い日、瀬は低く重く唸る。少ない日は高く乾いて鳴る。目で水位を測る前に、耳が今日の水量を言ってくる。濁って茶色く膨れ、瀬の音が唸りを越えて地鳴りになる日は、舟を出さない。これは気分ではない。音が一線を越えたら出さない、という線が、私の耳の中にある。
冬、客が減ると、舟を陸に上げて舟底を見る。一年下れば底板は擦れて薄くなる。どこが薄いかで、その年どこの岩をどれだけ擦ったかが分かる。今年は中ほどの瀬の右岸を擦っている。渇水の長かった年だ。舟底は、その年の水位を彫り込んだ記録だった。それを削って、新しい板を当てる。
五年で、覚えた瀬はひとつもない。覚えたそばから嘘になるからだ。覚えているのは、竿を流された朝の、膝を打った痛みのほうだ。それと、低く唸る瀬の音と、高く乾いた瀬の音。今朝の川は、どっちで鳴るだろう。