増水の、翌日(第二稿)
水が引いても、川は元に戻っていない

ミコシバトワ(27歳・川下りの船頭5年)

大雨で、一日舟を止めた。翌朝、雲が切れて、川は静かな顔をしていた。水位計は平水まで戻っている。だが私は計を見たあと、岸に降りて、もう一度水を見る。数字は根拠だ。最後に決めるのは目だ。この二度手間が、再開の朝の、いちばん最初の仕事になる。

濁りは、色では測らない。深さで測る。竿を岸の浅瀬に立てて、水に沈めた自分の足を見る。足首まで沈めて指が見えれば、出す。くるぶしで指が消えるなら、まだ止める。今朝は、足の甲まで沈めて、五本の指がぼんやり見えた。出せる、と足の裏が言った。

水が引いても、川は元に戻っていない。増水は瀬の形を変える。強い流れが川底の砂利を押し流し、昨日まであった瀬を削り、別の場所に新しい瀬を盛る。昨日まで竿を置いていた一点が、今朝は消えている。覚えた川がいちばん役に立たないのが、増水の翌日だ。

増水はもうひとつ、流木を運んでくる。上流の山で折れた枝が、流れの緩む淵の底に沈む。水面からは見えない。舟底を裂くには十分だ。だから再開の朝は、客を乗せずに一度下って、竿先で底をさらう。引っかかれば、舟を寄せて手で引き上げる。昨日の朝にはなかったものが、いくつも沈んでいる。

川には上流にダムがある。雲ひとつないのに、昼過ぎから水位計の数字だけが上がっていく日がある。放流だ。だから朝、見回りの前に放流の連絡を確かめる。量と、時刻。今の川と、これから来る水を、同じ頭で読む。晴れた空の下で水が増えるのを、五年見ても、まだ少し不思議に思う。

再開初日の一便目は、私が立つ。中ほどの瀬で、昨日まで竿を置いていた場所に竿を入れた。底に当たらない。瀬が消えている。一間先で、竿先がようやく石を噛んだ。盛り直された瀬は、そこにあった。舟着き場に戻って、後続の船頭に言う。「中ほどの瀬、右に寄った。左岸の淵に枝が一本、まだ残ってる」。

お客には、川が変わったとは言わない。舟が淵に差しかかったところで、「昨日の雨で、少し水が多うございます」とだけ言う。お客は晴れた川のきれいさだけを持って帰ればいい。変わった川の底を読んでいるのは、私の竿先のほうだ。今朝も中ほどの瀬で、私は石を、新しくさがし当てた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。