玉掛けの、合図
一年目、無線の声だけで鉄骨を降ろした日

ミナセイブキ(26歳・タワークレーンオペレーター4年)

私の仕事場は、現場でいちばん高い場所にある。地上から数十メートル、運転席まで梯子で十数分かけて昇る。一度昇ったら、昼まで降りない。地上の人間の顔は見えない。見えるのは、ヘルメットの色と、無線から届く声だけだ。

玉掛けというのは、吊り荷にワイヤーを掛ける作業のことだ。掛けるのは地上の作業員、吊るのは私。掛けた人の手元は、私のいる高さからは点にしか見えない。だから私たちは、声でつながっている。「巻いて」「ゆっくり」「あと五十」。合図はいつも短い。短いほど、信頼が要る。

二〇二二年、私は二十二歳で、オペレーター一年目だった。それまでは先輩の隣に立って、操作を覚えていた。初めて一人で運転席に乗った日のことを、たぶん一生忘れない。朝焼けが町を染めて、地上の声が一斉に動き出す、そんな時間だった。

その日の荷は、鉄骨だった。長い鉄骨は、少しの操作で先端が大きく振れる。風がなくても振れる。振れた鉄骨は、下にいる人間を薙ぐ。だから私は、操作レバーをほんの少しずつしか動かせない。無線から「巻いて」と聞こえる。私はレバーを、爪の幅だけ倒す。

「ゆっくり」と声がした。私は息を止めていたと思う。鉄骨が、ゆっくりと持ち上がっていく。点のような作業員が、両手を上げて、何かの形をつくっている。それが玉掛けの合図だった。手のひらを下に向ければ「降ろせ」、握れば「止まれ」。声と手が、私の手の代わりに、地上で起きていることを教えてくれていた。

「あと五十」。あと五十センチ。私はレバーから指を離さないまま、呼吸だけで荷を降ろした。鉄骨が、定めた位置に、音もなく着いた。無線から「はい、いいよ」と聞こえた。たったそれだけの言葉だったけれど、私はしばらく、運転席から動けなかったような気がする。一人で、鉄骨を、振り回さずに降ろせたのだ。

クレーンの仕事には、降りられないという問題がある。トイレに行きたくなっても、昼まで降りられない。だから朝はあまり水を飲まない。弁当は膝の上で食べる。狭い操縦席で、足元には点検表がある。ブレーキ、ワイヤー、リミットスイッチ。昇る前に一つずつ確認した、その紙が、今日も足元にある。

風の強い日は、上げない。風速計が一定の数値を超えたら、その日の作業は中止だ。それを判断するのも、いちばん高い場所にいる私の役目になっていった。操縦席からは、現場よりも先に、町の全体が見える。まだ眠っている家々、動き出す車、遠くの山。地上の誰よりも早く、私はその日の空を見る。

あれから四年、私はずっと、無線の声の観察者だった。顔の見えない相手の、短い言葉だけを聞いて、その人が何を見ているかを想像する。夕方、最後の荷を降ろし、フックを巻き上げて格納する。梯子を降りて地面に立つと、あんなに聞いていた声の主たちが、急に等身大の人間になる。あの日の無線の声が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。