ミナセイブキ(26歳・タワークレーンオペレーター4年)
建物が建ち終わると、タワークレーンは降りる。クライミングダウンという。昇るときの逆順だ。フロアの下からマストを一節抜き、油圧でクレーンを一節ぶん沈め、また一節抜く。建つときに私が立ち会って継ぎ足していった節を、今度は同じ順で抜いていく。その日は七節抜いた。一節三・二メートル。継いだ日の高さを、抜いた節の数で勘定できる。
解体の前の日に、操縦席を片付けた。座布団を抜く。無線のホルダーをビス二本で外す。窓の内側に養生テープで貼った、始発から終電までの時刻表を剥がす。テープは何か月ぶんか日に焼けて、剥がしたら、貼ってあった四角だけ、ガラスが白く残った。指でこすっても取れなかった。私は爪を立てて、その四角の縁を少しなぞった。
最後に、フックを格納の位置まで巻き上げた。巻き上げのカウンターを、いつもは見ない。その日は見た。規定の高さで止める。止めてから、レバーから指を離すまでに、いつもより数秒、置いた。それだけだ。私は梯子を降りた。何段で握り替えるかは、もう体が知っている。
翌日、解体班が来た。ジブを、地上の移動式クレーンで吊り降ろしていく。荷台に対してジブは長すぎて、トレーラーには斜めに積まれた。最後の一台が現場を出るとき、誘導員が片手で旗を振った。私はそれを、地面に立って見送った。
地面に横たえたジブを、私は近くで見た。何か月も空にあって、あんなに遠くまで荷を運んだ腕だ。それが地面に置かれると、思ったより小さい。私の身長の四つぶんもない。先端の、フックを吊っていたシーブが、土の上で横を向いていた。空にあったときは一度も、こんな近さで見たことがなかった。
次の現場の朝、別のクレーンの梯子を登った。クレーンは変わる。段数も、握りの太さも、現場ごとに少しずつ違う。それでも、何段で一息つくか、どこで握り替えるかは、手足が覚えている。下から朝礼の声が聞こえる。私はその声を背中で聞きながら、いちばん高い場所まで昇った。
昼の休憩に、前の現場のほうを見た。私のいたクレーンはない。完成したビルが建っていた。何か月も私が座っていた高さに、いまは窓が並んでいる。一つ、ガラスに日が当たって光った。私はしばらく、その窓を見上げていた。剥がした時刻表の、白い四角のことを思い出した。あれもガラスだった。