ミナセイブキ(26歳・タワークレーンオペレーター4年)
朝、運転席に昇って最初に見るのは風速計だ。デジタルの数字が、四、五、四と動く。地上では、現場の入口に立てた旗が垂れたままだった。地上の旗が垂れていても、数十メートル上では、針が地上の倍を指す日がある。
作業中止は瞬間風速一〇メートル毎秒。それを超えたら、その日は止める。地上は穏やかなのに、上だけが超えていることがある。そのとき無線で「上は無理です」と言う役は、この席に一人で座る私だ。地上の人間は、上の風を数字でしか知らない。私は、針と、体と、両方で知っている。
その日、針は八を指していた。八と九を行き来していた。基準には届いていない。けれど、吊った鉄骨が、掛けたときの倍は振れていた。ジブの先が、目で追えるくらい揺れている。私は荷を一度地面に戻し、レバーを中立にして、針を見た。九。一〇。九。指が、無線のボタンの上で止まる。
無線から、現場監督の声がした。「あとワンスパンだけ、いけないか」。あと一区画ぶんの鉄骨を、置いてしまいたいのだ。私も、若い頃に同じことを思った日がある。針を見る。一〇。私はボタンを押した。喉が、押す前に一度詰まった。「上は無理です」。
無線の向こうは、一瞬静かになった。それから監督が「わかった、今日はしまおう」と言った。私はジブを風の向きに正対させ、旋回のブレーキを解いた。旋回をフリーにすると、ジブは風見鶏のように、風の来る方へ自分から回っていく。横からの風を、まともに受けないための姿勢だ。ジブが、ゆっくりと自分で向きを変えはじめる。
梯子を降りて地面に立つと、作業員たちが「下りてきたんだ」という顔をした。責められてはいない。けれど、自分の判断で全員の手を止めたという事実が、地面に立った瞬間、肩に乗ってくる。地上の旗を見ると、垂れていた布が、ふっと一方向に揃ってなびきはじめていた。地上にも、いま風が下りてきたところだった。
台風の前の日は、養生をする。ジブを風に立て、旋回をフリーにし、フックを巻き上げて固定する。クレーンを、風にいちばん強い姿勢にして、一晩あずける。翌朝、まだ十二、三メートルの風が残る現場で、私はワイヤーを一本ずつ手で送って点検する。よじれ一つ。緩み二つ。手帳に書く。台風の翌朝の点検は、いつも数が多い。
地上の旗が一方向に揃ったら、上ではもう風が立っている。私が読めるのは、それくらいだ。針が一〇を指したら、私は無線のボタンを押す。喉が一度詰まる。「上は無理です」。それを言って、人を止めて、梯子を降りる。針と、ボタンと、旗。私の一日は、その三つでできている。