ミナヅキレン(33歳・内装解体11年)
店舗やオフィスを箱に戻す仕事をしている。けれど商業ビルの解体は、たいてい昼にはできない。上も下も隣も、まだ営業しているテナントがあるからだ。だから私たちは夜に入る。眠らない街の片隅で、誰にも見られずに、一つの区画を静かに空にしていく。
夜のビルに入るには、まず守衛室に届けを出す。会社名、人数、作業フロア、何時に入って何時に出るか。守衛は名簿に目を落として、使っていいエレベーターを一基だけ指定する。「奥の貨物だけ。客用は触らないで」。深夜でも、客用と業務用の線は引かれたままだ。私たちは、許された一本の縦の道だけを使って、上り下りすることになる。
共用部の養生から始める。エレベーターの内側に毛布を吊り、床にはベニヤとプラベニを敷いて、台車の通る廊下に養生テープで養生を貼っていく。ここで傷をつければ、解体の請求より養生の弁償のほうが高くつく。自分の現場の外側を、まず守る。区画に手をつける前の一時間は、いつも、汚していい場所と汚してはいけない場所の境を引く作業だった。
音には時間が決まっている。躯体に響くハツリのような音は、二十二時から翌朝までと取り決めてある。それより前は、隣の店がまだ客を入れているから、振動の出る作業はできない。だから段取りは音で組む。静かにできる解体材の取り外しを早い時間に回し、響く作業を遅い時間に寄せていく。壁の落とし方の前に、音の落とし方を考える夜だった。
はがした材は、台車に積んで、指定された一基で降ろす。一台が降りているあいだ、次の台車が口の前で待つ。降りて、空で上がってきて、また積んで、降りる。その往復が、夜のあいだじゅう続く。一基しか使えないから、一晩で出せる量は、エレベーターの一往復にかかる時間で決まってしまう。私たちは、降ろせる量から逆算して、その夜にはがす量を決めていた。
壁一枚向こうで、隣のテナントの気配がする。深夜まで開けている飲食店だった。換気扇の低い唸り、食器の触れ合う音、ときどき笑い声。こちらの音が漏れていないか、私は手を止めて壁に耳を当てる。向こうの営業を、こちらの解体が邪魔してはいけない。同じ壁を挟んで、片側では今日が続いていて、片側では昨日が剥がされていく。なんだか不思議な感じがした。
明け方が近づくと、撤収にかかる。畳めるところまで作業を進めて、養生をはがし、ベニヤを起こし、毛布を外す。台車の通った廊下を掃いて、エレベーターの内側を拭く。朝、最初の客や社員が来るまでに、夜のあいだここで何が起きていたかの痕跡を、すべて消しておかなければならない。私たちは、自分のいた証拠を片づけてから、ビルを出る。
外に出ると、朝日が昇りはじめている。出勤の人が駅に向かって歩いていく。私たちは逆向きに、空のトラックを見送って、これから眠りに帰る。逆転した一日の終わりだった。昨夜より、あの区画の内装は確実に減っている。誰も見ていないあいだに、箱は箱に近づいていく。
夜間の解体とは、つまり、誰にも見られずに進む工事のことなのだと思う。見られないからこそ、養生も、音の時間も、撤収も、すべて自分たちで律するしかない。見ている人がいない現場で、それでも線を守りつづけること。それが私の夜の仕事なのだと、いまの私は思っている。誰も知らないあいだに、確実に、内装は減っていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。