止水板の、溝
地下街管理一年目、黙って来る水の観察者になるまで

モロボシリク(47歳・地下街の施設管理25年)

地下街の施設管理を二十五年続けている。空の見えない通路の天気を、出入口の数だけ気にして生きてきた。地上が晴れていても、私は出入口を数える。雨が降れば、もっと数える。縁の下の街を守るというのは、たぶんそういうことなのだろうと思う。

二〇〇一年、二十二歳で駅前地下街の管理会社に入った。防災設備、空調、浸水対策、テナント対応。地上の人が一度も見上げない天井の裏側に、私たちの仕事はある。配属の初日、先輩に防災センターへ連れて行かれた。盤の前に立たされ、こう言われた。「地下街の敵は火と水だ。火は皆が怖がるからいい。怖いのは水だ。水は黙って来る」。

その盤は、感知器の地図だった。地下街のすべての通路とテナントが線で描かれ、何百という点が散っている。一つひとつが煙や熱を見張る目だ。先輩は、どの点がどの店の天井かを、見ずに言えた。私はその数を覚えるのに、何年かかるのだろうと思った。地図の点はただの点ではなく、その下に立つ人の頭数なのだと、あとになって分かった。

水の話に戻る。地下街には、出入口ごとに止水板の溝が切ってある。普段は金属の蓋で塞がれ、誰も気づかずにその上を歩いている。豪雨のとき、私たちはその蓋を外し、溝に板を立てる。地上の水が階段を滝のように下りてくる前に、間に合わせなければならない。先輩は溝を指して言った。「この溝の深さが、街の命だ」。私は雨の匂いのする階段で、その溝をしゃがんで覗き込んだ。

難しいのは、立てるタイミングだ。早すぎれば客の出入りを止め、テナントから苦情が来る。遅すぎれば水が入る。地上の雨雲レーダーと、出入口に置いた監視カメラと、自分の勘。その三つで、板を立てるか立てないかを決める。決めるのは私だ。空を見られない場所で、空の天気に責任を負う。これが地下街の管理という仕事の、いちばん奥にあるものだった。

備蓄倉庫には土のうが積んである。使われないまま湿気を吸い、年に一度入れ替える。使わない日が続くことが、いちばんいい仕事の日だ。閉店後の地下街を巡回すると、シャッターの下りた通路はおそろしく静かで、自分の足音だけが響く。昼間あれほどの人の波があった場所が、夜は水のように静まっている。その静けさの底で、私はいつも溝のことを考えていた。

空調も水と似ている。外気のない空間では、温度は人の波で動く。朝は冷たく、昼は人いきれでこもり、夕方の帰宅ラッシュでまた揺れる。私たちは目に見えない波を読んで、按配を変える。地下街にいる人は、自分が誰かに按配されているとは知らない。それでいい。気づかれない仕事が、いちばん効いている仕事なのだから。

防災訓練の段取りも私の役目になった。テナントの従業員に避難経路を覚えてもらい、地下から地上への動線を引く。地下街の避難とは、つまり全員で地上へ上がることだ。光のある側へ、煙より速く。図面に矢印を引きながら、私はいつも、火より先に水が来たらこの矢印はどうなるかを考えていた。水は階段を、人と逆向きに下りてくるからだ。

あれから二十五年。私は黙って来る水の観察者になった。止水板の溝、土のうの備蓄、感知器の地図、夜の足音、人の波の空調、避難の動線——そのどれもが、最初の年に先輩から受け取ったものの続きだ。空を見られないこの仕事が、私をいまの私にしてくれた。怖いのは水だ、水は黙って来る。あの一言が、二十五年たったいまも、私の溝の底に沈んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。