昇降機の、月次
地下街管理者と保守員の、二十年来の定例の朝

モロボシリク(47歳・地下街の施設管理25年)

月例点検の朝は、開店の一時間前に始まる。私は地下街の管理者として、保守会社の点検に立ち会う。空の見えない通路の天気を、出入口の数だけ気にして生きてきた私にとって、エレベーターは数少ない「上下に動く出入口」だ。人を地上へ、地下へと運ぶ縦の通路。その一本を、毎月、開ける前に止める。

まずは停止札だ。かごの前に「点検中」の札を掛け、ロープを張る。地下街には階段もエスカレーターもあるから、エレベーター一台を止めても客は困らない。それでも、車椅子の方やベビーカーの方のために、いちばん近い別の昇降口への迂回案内を札のそばに置く。掛けるのは私の役目で、外すのも私だ。札を掛けると、その一台はその朝だけ、街から少し切り離される。

点検に来るのは、二十年来の同じ顔だ。保守会社のベテラン、フカミサトルさん。エレベーターの保守点検を二十年やってきた人で、私の地下街の担当になってからも、もう長い。毎月、開店前の薄暗いコンコースで顔を合わせる。挨拶はいつも短い。「おはようございます」「お願いします」。それだけで、その朝の段取りはもう互いに分かっている。長い定例というのは、たぶんこういう、言葉の要らなくなった関係のことなのだろうと思う。

フカミさんは、かごの天井の点検口を開け、上に乗る。私は下で待つ。かごの上には、利用者が一生見ることのない世界がある。昇降路の壁、レール、ワイヤーロープ、調速機。客が「箱」だと思っているものの、本当の姿がそこにある。フカミさんはヘッドランプの光をレールに当て、指でなぞり、油の具合を見る。私は下から、点検口の四角い穴の向こうの光を見上げている。空の見えない街で、さらに見えない天井の裏を、彼が見ている。

地下街のエレベーターには、地上のビルにはない癖がある。湿気だ。湧水がある。点検でかごを最下階より下、ピットまで下ろすと、底に水が溜まっていることがある。フカミさんはピットの水位をいつも気にする。「地上のビルなら乾いてる場所が、ここは濡れてるんですよね」。地下街の機械は、いつも少し湿った空気の中で生きている。水は黙って来る、と先輩に教わったが、それは止水板の溝だけの話ではなかった。昇降路の底にも、水は静かに溜まっていく。

一度だけ、夜中に閉じ込めがあった。閉店後、最終の見回りに使った職員がかごの中で止まった。私は防災センターから、フカミさんは自宅から駆けつけた。私はかごの中の人にインターホンで声をかけ続け、フカミさんは機械側の救出にかかった。役割は自然に分かれた。「あと十分です」「いま下ろします」。私が中の人を落ち着かせ、彼が機械を動かす。救出までの長い時間、声かけの分担はどちらが決めたわけでもなく、二十年の定例が決めていたのだと思う。あの夜の共闘は、毎月の点検の積み重ねの上にあった。

最近は、更新工事の相談が増えた。制御盤の部品が、もう製造終了だという。フカミさんは淡々と言う。「だましだまし使えますけど、いつかは入れ替えです」。そこから先は、金の話と安全の話の往復になる。いくらかかるか。いつまで持つか。止めれば客が不便し、止めなければいつか止まる。私はその往復を、できるだけ淡々と聞く。安全はいつも、金の話の向こう側にある。たぶん、それでいいのだろうと思う。

点検が終わると、フカミさんが「異常なし、上げていいです」と言う。私は停止札を外し、ロープを巻き取る。ボタンを押すと、かごはいつも通り、何事もなかったように上下を始める。開店時刻、客が乗り込み、ボタンを押し、上がっていく。誰も、その朝この一台が止められていたことを知らない。気づかれない上下が、いちばん効いている上下なのだから。

あれから何年も、月次は続いている。停止札、長い定例、かご上の壁、ピットの水、あの夜の救出の分担、そしていつも通りの上下。そのどれもが、毎月の朝の一時間の積み重ねだ。定例の積み重ねが、安全なのだ。フカミさんと私は、二十年、同じ朝を繰り返してきた。安全を守る相棒として、これからも札を掛け、札を外し続けるのだろう。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。