モロボシリク(47歳・地下街の施設管理25年)
大型の台風が近づく夜は、防災センターに泊まる。机に画面が二枚並ぶ。左に雨雲レーダー、右に湾の潮位グラフ。地下街の浸水は、降った雨だけでは決まらない。満潮で地上の排水路が詰まると、行き場をなくした水が階段を逆さに上ってくる。だから私は、二枚を同時に見る。
二十二時四十分、レーダーの赤い塊が湾の奥に達する予測が出た。潮位は二十三時十分が満潮で、二百八十センチ。この二つが重なる一時間が、今夜の山だ。私は止水板を立てる時刻を、営業終了に合わせて二十二時と決めた。早すぎればテナントから苦情が来る。遅すぎれば水が入る。決めるのは私だ。空の見えない場所で、空に責任を負う。
早仕舞いの要請を、一軒ずつ電話で回す。物販は二十一時半に閉めた。飲食の三軒は二十二時まで粘った。地下街は一つの体で、一軒のシャッターが遅れると避難の動線が一本欠ける。台風ですので、と頭を下げ、相手の閉店時刻を控えに書き取る。最後の一軒が閉まったのを確認して、私はA出入口へ降りた。
土のうの積み方には順番がある。A出入口は地上歩道といちばん近く、車道からの水が真っ先に筋を引くから一番。B出入口は地盤が一段低いから二番。十年前の九月、Bから水が入った。あの夜は四段では足りず、五段目を積む間に床が濡れた。だから台風の夜、Bには最初から五段積む。順番は、あの五段目が教えた。
湧水ピットを懐中電灯で照らす。地下街の底に滲む地下水を溜める枡で、ポンプが汲み上げ続けている。雨が降らなくても、ポンプが止まれば水は溜まる。目盛りは六十センチ。稼働灯が緑に点いている。動いている。動くことを、わざわざ確かめに来る。普段は意識もしない機械の、緑の点ひとつを見に来る夜だ。
地上とも擦り合わせる。隣の駅の管理室に電話を入れ、こちらは二十二時に止水板、と伝える。向こうは二十二時半に地下接続部の防潮扉、と返す。上のビルとも同じことを繰り返す。一つの出入口の時刻が、隣の建物の浸水につながる。情緒の入る余地はない。時刻と、扉と、段数。それだけを口で読み上げ、控えに書く。
二十三時を過ぎ、レーダーの赤が湾の奥で薄れた。潮位は二百八十センチを越えて、引きに転じた。A出入口のカメラに、筋は一本も映らなかった。私は始発まで盤の前で待った。五時、工具を持って降り、A出入口の板を外した。乾いた溝が現れた。一滴も来ていない。Bの五段も、湿ってさえいない。
外した板は、来なかった水のぶんだけ乾いて重かった。倉庫へ運び、左手で立てかける。中指が少し平たい。二年目の八月、初めて板を立てた夜に、溝の縁で割った爪のあとだ。あの夜は三段目で水が止まった。今夜は、止める水がなかった。私は乾いた板の重さを左手に量りながら、平たい中指の腹で、もう一度溝の縁をなぞった。