台風の、夜勤
大型台風接近の夜、地下街の臨戦態勢と、何も起きなかった朝

モロボシリク(47歳・地下街の施設管理25年)

大型の台風が接近する夜は、防災センターに泊まり込む。空の見えない通路の天気を、出入口の数だけ気にして二十五年。地上の嵐と戦う男たちの長い夜が、また始まろうとしていた。窓のない部屋で、私たちは天気図の中の渦を見つめていた。

判断の材料は、二つの画面だ。雨雲レーダーと、潮位のグラフ。レーダーの赤い塊が湾の奥へ近づき、潮位の線が満潮に向かって膨らんでいく。地下街の浸水は、降った雨だけでは決まらない。地上の排水路が満潮で詰まると、行き場をなくした水が階段を逆さに上ってくる。私はその二枚の画面を、交互に見比べていたのだろうと思う。

止水板を立てる時刻を、いつにするか。これが夜のいちばん重い決断だ。早すぎれば客の出入りを止めてテナントから苦情が来る。遅すぎれば水が入る。レーダーの到達予測と、地上のカメラに映る最初の筋。営業終了の二十二時に合わせて板を落とし込めば、たぶん間に合う。私はそう見積もった。早仕舞いの要請を、各テナントに回し始めた。

早仕舞いの要請は、店ごとに事情が違う。書き入れ時の飲食店は粘りたがり、物販はあっさり閉める。一軒ずつ電話を入れ、頭を下げ、台風ですのでと繰り返す。地下街は一つの体だから、一軒のシャッターが遅れると、避難の動線が一本欠ける。それぞれの事情と、街全体の安全と。その調整こそが、この仕事のいちばん人間くさいところなのかもしれない。

土のうの配置にも、順番がある。出入口の優先順位は、傾斜と過去の浸水歴で決まる。私の頭の中には、その地図がある。A出入口は地上歩道といちばん近く、車道からの水が真っ先に筋を引く。B出入口は地盤が一段低い。十年前の九月、Bから水が入った。あの夜の水位を、私は土のうの段数で覚えている。優先順位の地図は、過去の失敗で描かれている。

湧水ピットの水位も確かめる。地下街の底には、滲み出る地下水を溜めるピットがあり、排水ポンプが汲み上げ続けている。普段は意識もしない機械だ。だが台風の夜は、このポンプが止まれば、雨が降らなくても水は溜まる。私は懐中電灯でピットを照らし、水位の目盛りを読み、ポンプの稼働灯が点いているのを確かめた。動いている。動くことを、わざわざ確かめに来る夜だった。

地上とも連絡を取り合う。隣接する駅の管理室、上のビルの防災センター。閉める時刻を擦り合わせる。地下街は地上の建物と地下でつながっていて、一つの出入口の判断が隣の建物の浸水につながる。電話の向こうの相手も、たぶん同じように窓のない部屋で渦を見ている。声だけのやりとりの中で、私たちは見えない連帯のようなものを確かめ合っていた。

夜が更け、レーダーの赤が湾の奥で勢いを失った。潮位は満潮を越え、引きに転じた。階段のカメラに、筋は一本も映らなかった。止水板は立てたまま、私は朝を待った。始発が動き出すころ、私は工具を持ってA出入口へ降り、板を外した。乾いた溝が現れた。一滴も来なかった溝だ。安堵と、徒労と。その二つの間で、私はしばらく溝を見ていた。

何も起きなかった。それでいいのだ。使わない日が続くことが、いちばんいい仕事の日だと先輩は言った。台風の夜に何も起きないために、私たちは画面を見比べ、頭を下げ、ピットを照らす。徒労に見えるその一切が、実はいちばんいい結果なのだ。空を見られないこの仕事が、私をいまの私にしてくれた。外した止水板を倉庫へ運びながら、私はそう思っていた。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。