ムロイカズキ(33歳・水槽メンテナンス業9年)
水槽の掃除だけをして九年になる。自分の水槽は一本も持っていない。回るのは他人の会社の受付やロビーに置かれた、リース契約の水槽だけだ。月に二回、決まった曜日に、決まった順番で巡る。スクレーパーでコケを落とし、試薬で水質を測り、ろ過槽を交換して、補充する魚があれば足す。会社の名前はいくつも覚えたが、その会社が何を売っているのかは、ほとんど知らない。
水槽の中は、外と関係なく回っている。ろ過のモーターが水を押し、餌やりのタイマーが朝と夕に決まった量を落とし、ヒーターが二十六度を保つ。会社が忙しかろうが暇だろうが、水の中の温度は二十六度のままだ。私はその二十六度を守る人間で、会社の外の事情には関わらない。たぶん、それでいいのだと思う。
初めて一人で巡回を任されたのは、二〇一七年の春だった。それまでは先輩の助手として後ろに立っていただけで、その日が一人で道具一式を背負って回る最初の日だった。三軒目の会社で、青い光が静かに揺れる水槽の前に、社員が一人立っていた。昼休みの時間だった。彼はずっと、魚を見ていた。
私が網とバケツを持って近づくと、彼は少し場所を空けて、それから言った。「この魚、名前あるんですか」。リース水槽の魚に、名前はない。カクレクマノミが二匹、デバスズメダイが数匹、底にプレコが一匹。会社が選んだのではなく、リース会社の標準構成として入っている魚たちだ。私は正直に「いえ、特には」と答えた。すると彼は、少し笑って言った。「うちの部署では、あのオレンジのを課長って呼んでるんですよ」。
水槽は、会社の備品だ。固定資産台帳に載っている、応接セットや観葉植物と同じ列の備品だ。魚も水も私の道具で管理され、契約が切れれば私が引き上げる。彼の会社の所有物ですらない、リース品だ。それなのに、その部署の人たちはオレンジの魚に「課長」という名前をつけて、昼休みのたびに見にきていた。備品の前に、人が立ち止まっていた。
その日から、私は水槽を見るついでに、水槽の前の人を見るようになった気がする。残業の多い会社の水槽の前には、夜遅くまで人が立っている。受付が無人の会社の水槽は、誰も見ていないのか、コケの付き方まで寂しい。子どもを職場に連れてくる日があるらしい会社では、ガラスに小さな手の跡が残っている。私は水の中だけを管理しているつもりで、いつのまにか、水の外の人の置き場所を見ていた。
引き上げる日もある。引っ越し、契約終了、そして倒産。倒産した会社の水槽を引き上げにいくと、もう人のいないフロアで、水槽だけが二十六度のまま、青く光って回り続けていることがある。タイマーが律儀に餌を落とし、誰も見ていない魚が、それを食べている。私はモーターを止め、ヒーターを抜き、魚を専用の袋に移して、水を抜く。その作業はいつも、思っていたより静かだ。
「課長」と呼ばれていたあの魚が、その後どうなったのかは知らない。あの会社はまだあるのかもしれないし、ないのかもしれない。私は今日も別の会社の受付で、誰かが名前をつけたかもしれない魚のコケを落としている。水槽は、忙しい大人たちが、何も考えずに数分だけ立ち止まれる場所なのだと思う。都会の小さなオアシスのようなものだ。私はそのオアシスの、水の管理人を続けている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。