ムシャノコウジアン(43歳・ピアノ運送18年)
音楽を運ぶ仕事に就いて、十八年になる。アップライトで二百五十キロ、グランドになれば三百キロを超える。人間ふたりと道具で、それを階段の上まで運ぶ。世の中の引っ越し屋が嫌がる荷物を、私たちだけが引き受ける。重い、というより、重さに意味がある荷物なのだと思う。
入った年は二〇〇八年、二十五歳だった。最初の現場で、私はグランドの脚の一本を、ただ力いっぱい持ち上げようとした。先輩がそれを見て、笑いもせずに言った。「重さを運ぶな。バランスを運べ。ピアノは重心さえ掴めば、踊ってくれる」。意味はわからなかった。三百キロが踊るわけがない、と思った。
その日の養生を、私は今でも覚えている。先輩は毛布を何枚も使って楽器の角という角を包み、ベルトを掛けていった。ベルトの掛け方には順番があって、最後に締める一本で全体の重心が決まる。鍵盤蓋は布で押さえて固定する。蓋が走れば指を挟む。すべての所作に、理由があった。美しい仕事だと思った。
搬入の前には、必ず下見に行く。階段の段数を数え、踊り場の寸法を測る。グランドが横向きで通れるか、通れなければ窓から吊るか。窓から吊るとなれば、クレーンの段取りを組む。何階の、どの窓から、どの角度で入れるか。下見の紙には、家の図面が、ピアノの通り道として書き込まれていく。私は人の家を、通り道として読むようになった。
怖いのは、上げるより降ろすほうだ。二階の部屋から古いアップライトを降ろす現場があった。階段は急で、踊り場は狭い。上げるときは下の人間が支えればいいが、降ろすときは上の人間が重力ぜんぶを背中で受ける。重心が一度でも前に出れば、止まらない。あのときの、ベルトが肩に食い込む感触は、たぶん一生忘れないだろうと思う。
運ぶピアノには、いろんな来歴がある。何十年も弾かれず、蓋を開けると埃が積もっているものもある。譲られていく先もさまざまで、子の家、福祉施設、海外へ送られるものもある。鍵盤の前に座る人がもういない家から、また誰かの家へ。私は、その家と家のあいだの時間を運んでいるのかもしれない。
納品が終わっても、すぐには弾けない。私はいつも施主にこう説明する。「しばらく休ませてあげてください」。運ばれてきたピアノは、温度も湿度も変わった部屋で、まだ落ち着いていない。調律師が来るのは、たいてい数日あとだ。楽器が新しい家になじむまでの、その空白の時間のことを、私は説明する役目になっている。
あれから十八年。私は重さを運ぶ人間ではなくなった。重心を見る人間になったのだ。家に入れば、まず通り道を探す。人を見れば、その人の重心がどこにあるかを考える。先輩のあの一言が、私をいまの私にしてくれた。重いものは、掴むところさえ間違えなければ、踊ってくれる。今日も私は、誰かの音楽の重心を、そっと運んでいる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。