ムシャノコウジアン(43歳・ピアノ運送18年)
近ごろ増えたのは、「処分してほしい」という依頼だ。据えるためではなく、運び出すために呼ばれる。電話の声はたいてい子の世代で、親の家を片付けている。弾いていたのはその子で、もう五十を過ぎている。ピアノだけが、子ども部屋だった部屋に、何十年も同じ向きで座っている。
蓋の上には写真立てが並んでいる。七五三、卒業式、いつかの旅行。そのあいだに、薄い埃が均一に積もっている。鍵盤蓋に指を一本引くと、その筋だけ黒が艶を出して、両側の埃が高く残る。誰も触らなくなって何年経ったかは、この筋の深さでわかる。
運び出す前に、査定をする。項目は決まっている。メーカー、型番、製造年。支柱の刻印か、内部のシリアルで読む。次に状態。鍵盤の沈み、ハンマーのフェルトの減り、響板のひび、ペダルの効き。弦の錆と、調律の狂い。最後に外装の傷。この組み合わせで、処分か買い取りかが決まる。私はその数字を、施主の顔を見ずに紙に書く。顔を見ると、書けなくなる。
古い国産のアップライトでも、状態がよければ買い取りになる。買い取り票の行き先の欄に、私は港の名前を書く。そこからコンテナに積まれて、海を渡る。脚と譜面台は外して別の箱に詰め、本体だけを横にして毛布で巻く。三十年この部屋で動かなかった一台が、荷札を貼られて、また船に乗る。ことばの違う子どもの練習台になることもあると、買い取りの担当が言っていた。
運び出す日、家族の立ち会い方は分かれる。最後にもう一度、と蓋を開けて一音だけ鳴らす人がいる。ポーン、と一つ鳴らして、すぐ閉める。運び出すあいだ、わざと台所にいて、出てこない人もいる。スマートフォンで、廊下を出ていく台車を一枚だけ撮る人もいる。私は横目にそれを見ながら、ベルトを締める。
鍵盤蓋の中からは、ものが出てくる。蓋の裏や、鍵盤の手前の隙間に、薄いものが落ち込んでいる。バイエルの一枚、券の半分、レッスンの出席カード。先生の判子が、九月の途中で途切れている。子どもの字で「がんばりましょう」と書かれたシール。拾って施主に渡し、要りますか、と訊くと、しばらく黙ってから、受け取る。
引き取った一台は、倉庫の列に加わる。手前の列は再生行き、整備してまた売る。奥の列は部品行きで、ここからハンマーや鍵盤、金具を外して、別の一台の修理にあてる。一台が、いちどに何台かの修理票に分かれていく。列のあいだを歩くと、弾かれなくなった鍵盤が、暗がりにずらりと白い。
運び出したあと、居間の床には跡が残る。脚が乗っていたところだけ、カーペットが四つ、四角く凹んでいる。フローリングなら、まわりだけ日に焼けて、そこだけ元の色が四角く残る。施主は、その四角を見下ろしている。私は図面をたたみ、台車を玄関へ向ける。私が運べるのは、そこを出るところまでだ。倉庫のどの列で誰がまた蓋を開けるかは、私の仕事ではない。