吊りの、朝(第二稿)
階段でもエレベーターでも入らない家に、窓から

ムシャノコウジアン(43歳・ピアノ運送18年)

階段でもエレベーターでも入らない家がある。そういう家には、窓から入れる。クレーン車を呼び、ピアノを上げて、掃き出し窓の中へ降ろす。今日はその吊りの日だ。

段取りは前の日に終わっている。クレーン車は、吊り上げる窓の真下ではなく、すこし手前に停める。真下に停めるとアームが立ちすぎて、荷が壁に張りつく。手前なら角度がついて、荷を窓へ送り込める。道路使用許可は警察で取ってある。電線が一本、窓とクレーンのあいだに走っていた。前の日、その下に立って首を曲げ、アームの旋回が触らない高さか、目で測った。

窓は枠ごと外し、外した縁に養生材を巻く。ピアノの幅と、外した開口の幅を、メジャーで二度測る。グランドは横に倒してボードに固定したまま吊るから、いちばん嵩むのはボードの厚みだ。そこが通れば、本体は通る。前夜の図面には、開口の寸法と、ピアノが入る向きの矢印が引いてある。外でも、線は引く。

吊り具は四点で掛ける。ベルトの角度が垂直に近すぎれば荷が締まらず、開きすぎれば横にすべる。フックに掛けたら、玉掛けを確認する。掛け忘れ、緩み、ねじれ。声に出し、指で差して、もう一度見る。空中でピアノが回ってはいけない。回りはじめたら、誰も止められない。だから上げる前のこの確認が、いちばん長い。

上げているあいだ、現場は黙る。オペレーターの無線の声は割れて聞こえる。地上の私は、止めるとき、握った拳を一度だけ肩の高さに上げる。それで止まる。上げ、止め、旋回、降ろし。指と拳のほかに、交わすものはない。三百キロが地面を離れ、窓の高さまで上がっていく数分、私はベルトの張りと、荷の角の傾きだけを見ている。風で一度、角が揺れた。

下では、子どもが数人、自転車を止めて見上げている。「ピアノが飛んでる」と一人が言って、歓声が上がった。歓声はオペレーターの集中と、同じ朝の空気の中にある。私はその声を背中で受け、手の中の合図だけを見ていた。荷は窓の暗がりへ入っていく。

クレーンが運ぶのは、窓の開口の手前までだ。ベルトを外し、室内のボードに載せ替え、据える位置まで人力で押す。最後の数十センチ。脚を起こし、譜面台を戻す。三百キロを上げた朝の終いは、人の腕で、その数十センチを詰めることだった。

雨の日は延期する。濡れたベルトは滑り、風が出れば荷が空中で振られる。今朝の電話で、施主には「また晴れた日に伺います」とだけ言った。受話器を置いて、もう一度だけ空を見た。今日のピアノは、外した窓を戻すころに、新しい部屋の光の中に座っていた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。