息を止めて、の三秒(第二稿)
放射線部一年目、見えないものを写すと決めるまで

ナバタメコウキ(40歳・診療放射線技師17年)

胸部のポジショニングは、両肩を前に落とすところから始まる。肩甲骨を肺野の外へ逃がし、脇をわずかに開き、顎を上げる。同じ患者でも、立ち方ひとつで肋骨の重なりが変わり、心臓の影の形が変わる。ミリ単位だ。診療放射線技師になった二〇〇九年、私が最初に手で覚えたのは、この数ミリだった。

次に覚えたのが、息止めの声かけだった。「息を吸って、止めてください」。教科書には一行だが、止められない人がいる。耳の遠い人。痛みで肩が上下する人。緊張で吸ったそばから吐いてしまう人。タイミングを合わせるのは、患者ではなく私のほうだと知った。相手の胸の上下を見て、吸い込みきった頂点の一瞬に、こちらが押す。三秒。その三秒に写りが決まる。

線量は、管電圧と管電流と時間で決める。上げれば写りは安定するが、患者の体に余分なものが残る。下げすぎれば粗くて診断に使えない。入職してすぐ、痩せた高齢の女性の胸部で電圧を落としすぎたことがある。仕上がりを見ると、左肺の下のほうの淡い影が、白く飛んでいた。撮り直せば被ばくが二回分になる。出せば、その影は医師の目に届かない。

モニタの前で迷っている私に、先輩が画像を一瞥して言った。「写真を撮るな。診断に足る情報を撮れ。きれいな写真と、役に立つ写真は違う」。私は撮り直した。線量を一段だけ上げ、息止めをもう一度頼んだ。飛んでいた影は、淡いまま写った。二回分の被ばくの責任は、撮り直すと決めた私にある。読影は医師の仕事だが、もう一度撮るかどうかは、その場の技師が決める。

動けない患者のところへは、こちらが出向く。ポータブル撮影だ。装置を病室まで押していき、点滴のラインを避けて、起こせない人の肩の下に手を入れ、背中のカセッテの上にわずかに浮かせる。何秒、その姿勢を保てるか。保てる秒数の中で、診断に足る角度をどこに置くか。ベッドの上では、撮り直しの余裕はたいていない。一枚で決める。

三歳くらいの子の腹部を撮った日のことを覚えている。泣いていた。私はしゃがんで目線を合わせ、「石になって、三つ数える間だけ動かないで」と言った。子は途中で身をよじり、一枚目はぶれた。母親に肩と膝を押さえてもらい、私は「いーち」を子の息に合わせて、二枚目を撮った。今度は止まった。怖がらせない声かけが効いたのか、母親の手が効いたのかは、正直わからない。わかるのは、撮り直しの一枚だけが診断に使えたということだ。

十七年で、私が撮った枚数は数え切れない。きれいに撮れた一枚は、ひとつも覚えていない。覚えているのは、撮り直しを決めた一枚のほうだ。痩せた女性の、飛びかけた淡い影。泣いていた子の、二枚目。「息を吸って、止めてください」と言ったあの三秒に、私はいまも、写りのすべてを賭けている。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。