ナギラコウ(56歳・建具職人30年)
建具の新調は、採寸から始まる。古い家に呼ばれて、まず開口部を測る。建てたときの図面はもらわない。もらっても見ない。図面の家と、いまそこに立っている家とは、もう別の家だからだ。私は、いま目の前にある家のほうを測る。
新築の現場は、巻尺を一度当てれば終わる。柱は垂直、敷居は水平、四隅は直角。上で測った幅と下で測った幅が、同じ数字で返ってくる。下げ振りを下げる手間もない。手が、早く空く。空いた手が、手持ち無沙汰だ。
古い家は、一度では終わらない。柱は傾き、敷居は波打ち、長押は端から端で下がっている。開口部は四角ではなく、平行四辺形をしている。だから一つの開口部を、上の幅と下の幅、左の高さと右の高さ、四か所測る。上端千八百二十三、下端千八百二十九、右高さ千七百五十一、左高さ千七百四十八。四つとも違う数字が、巻尺の裏の余白に並ぶ。新人はここで、必ず一度、書き間違える。同じ開口部の数字が違うはずがない、と思うからだ。
柱に下げ振りを下げる。錘のついた糸が、柱の面からじわりと離れていく。離れた幅が、その柱の傾きだ。垂直は、糸が一つに決める。迷いがない。私はその傾きも余白に足し、開口部のどちら側が低いかを、矢印で書く。矢印を書き忘れると、工房で戸の上下を逆に削る。
巻尺で取れない歪みは、紙に写す。柱が途中でくの字に曲がっている。鴨居が緩く反っている。そういう線は、厚手のボール紙を当てて、縁に鉛筆を沿わせて写し取る。一枚では足りないから、継ぎ足す。鉛筆は寝かせて引く。立てると、刃先が縁の角に逃げて、写した線が一分ずれる。写し終えた紙の、家のほうを向いていた側に、矢印を一本入れる。これを忘れると、紙を裏返して当ててしまう。
採寸が終わると、施主に訊くことがある。これだけ傾いていると、建具一枚では吸収しきれない。「家を起こしてから入れますか。それとも、建具のほうで歪みを呑みますか」。家を起こす工事は、桁が一つ違う。施主は少し黙る。それから、建具で、と言う。
その家の傾きに合わせて、平行四辺形の戸を削る。上框と下框で、幅が六分違う戸だ。納める。指一本で押すと、傾いた溝を、すーっと走る。この戸は、隣の部屋の、寸分違わぬように見える開口部には入らない。上と下で幅が違うのだから、裏返しても入らない。世界にたった一つ、この家のこの開口部のためだけの一枚だ。
道具箱に巻尺をしまう。裏の余白に、四つの違う数字が、まだ鉛筆で残っている。次の現場が直角の新築だと、この余白は一行で済む。古い家だと、また四つ並ぶ。私は、四つ並ぶほうの家へ行く日に、家を出るのが少し早い。