単発エッセイ・社会観察。ワタナベ(65歳・元会社員・名古屋居住)が、孫の素朴な問いに答えるかたちで、味・電気の周波数・言葉・餅・桜餅などを項目ごとに整理した目録。
孫が、聞いてきた。
「ねえ、おじいちゃん、名古屋って関西なの?」
小学三年。学校で関東地方・近畿地方を習ったらしい。中部地方は飛ばされたか、覚えていないか、どちらかなのだろう。
「名古屋は、関東でも関西でもない」と答えた。
「じゃあ、何?」
「中部、と書いてある」
「中部って何?」
説明できなかった。中部、と一語で済ませて、それで何かが言えたことにはならないのは、わかっている。
そこで、整理したくなった。名古屋のどこが関東で、どこが関西で、どこが「どちらでもない」のか。住み始めて四十年以上になるが、こうして目録にしたことは、なかった。
名古屋は60ヘルツ。関西と同じ。
日本の電力周波数の境界線は、富士川(静岡)と糸魚川(新潟)を結ぶ線で、その西は60ヘルツ、東は50ヘルツである。名古屋は完全に西側。
ただし、これは関西の「文化」というよりは、明治期に大阪が60ヘルツのドイツ式発電機を、東京が50ヘルツのアメリカ式発電機を採用したという、産業史の偶然である。文化の話と、設備の話は、いつも揃わない。
関東は信州系の合わせ味噌(淡色辛口)、関西は白味噌(白甘口)。名古屋は赤味噌(豆味噌・赤辛口)。岡崎の八丁味噌も、同じ豆味噌の系統である。
関東でも関西でもない。味噌だけで言えば、名古屋は「どちらでもない」を最も強く主張できる項目である。
味噌汁の色を、関東の家・関西の家・名古屋の家で並べると、明らかに名古屋だけ濃い。
関東の汁は濃口醤油、関西の汁は薄口醤油+昆布だし。名古屋の「きしめん」の汁は、薄口寄りだが、ムロアジの削り節が強く立つ。これは関西寄り、しかし完全には一致しない。
「味噌煮込みうどん」は、別宇宙にある。麺は固ゆで、汁は赤味噌、土鍋で煮込む。これは関東でも関西でもない。
関東の雑煮は、角餅・すまし汁・鶏肉・小松菜・三つ葉。関西の雑煮は、丸餅・白味噌・里芋・大根。名古屋の雑煮は、角餅・すまし汁・餅菜(もちな、小松菜の名古屋版の伝統野菜)。
餅は角餅で関東側。汁はすましで関東側。具に餅菜という名古屋固有の野菜が一つ入って、独立する。
東京は左に立ち、右を空ける。大阪は右に立ち、左を空ける。名古屋は、左に立つ。これは東京側。
ただし、JR名古屋駅の新幹線ホームと、地下街の栄周辺で、観光客が混在するせいで、最近は乱れている。「乱れている」というのは、片側に立つ習慣自体が、地域文化として薄れているということでもある。
名古屋はJR東海の管轄。JR東海は、東日本・西日本・北海道・四国・九州、と並ぶ独立した会社で、「東でも西でもない」が会社名に書かれている。これが、もっとも公式な「中部」の表明である。
東海道新幹線は東京〜新大阪をJR東海が運行する。名古屋はその真ん中の主要駅。東と西の通路の途中に、名古屋がある。
関東は「ばか」を罵倒に使い、関西は「あほ」を親しみと罵倒の中間に使う。名古屋は両方使う。「ばか」も使うし、「あほ」も使う。あほ寄りだが、ばかも違和感がない。
これは混在地帯。境界に住む人は、両方の語彙を持つ。
正月の餅。関東は角餅、関西は丸餅。名古屋は角餅。これは関東側。
名古屋圏の餅文化が関東寄りなのは、江戸の文化が東海道を通じて流れ込んだ名残、という説を以前聞いたことがあるが、本当かどうかは確かめていない。確かめないままに、習慣だけが続いている。
関東は長命寺(小麦粉の薄焼きであんを巻く)、関西は道明寺(道明寺粉を蒸してあんを包む)。名古屋は、両方売っている。スーパーに並ぶ比率は、たぶん道明寺がやや多い。
「両方ある」というのは、名古屋の典型的な風景である。専属していない。
関東は背開き、蒸してから焼く。関西は腹開き、蒸さずに焼く。名古屋は、蒸さずに焼く。これは関西側。
しかし、名古屋にはひつまぶし——鰻を細かく刻み、最初はそのまま、次に薬味をのせ、最後にお茶漬けにする食べ方——が独自にある。これは、関東でも関西でもない。
在京チェーン(セブン、ローソン、ファミリーマート)も来ている。在阪系のチェーンも来ている。地元のスーパー(ヤマナカ、フィールなど)も残っている。
専属していない、ということが、名古屋の所在地の説明である。
喫茶店で朝、コーヒーを頼むとトーストとゆで卵が無料、という「モーニング文化」は、名古屋・愛知圏で突出して発達した。関東にも関西にも、これほどの規模では存在しない。発祥は一宮あたり、と言われている。
これは、関東でも関西でもなく、名古屋圏が独立して発達させた文化である。一宮、岡崎、豊橋まで含めて、モーニングは「中京圏」の生活インフラに近い。
孫に、これを全部、説明はしなかった。
「名古屋は、関東でも関西でもない」と、もう一度だけ言って、終わった。孫は「ふうん」と言って、ゲームに戻った。
整理した目録は、整理した側にだけ残る。
→ 第二稿:60ヘルツの、左立ち(v2・書き直し)
→ 研究室4人による建設的批判
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本作は単発エッセイ・社会観察・第一稿。ワタナベ(65歳・元会社員・名古屋居住)が、小学三年の孫の「名古屋って関西なの?」という問いを起点に、名古屋がどの項目で関東側か、関西側か、どちらでもないかを12項目(電気の周波数・味噌・うどん/きしめん/味噌煮込み・雑煮・エスカレーター・JR・「ばか」と「あほ」・餅・桜餅・鰻/ひつまぶし・コンビニとスーパー・モーニング)で整理した目録。各項目で関東・関西・名古屋の三者を並列に記述し、「名古屋は専属していない」「両方ある」を主たる観察として通す。