受粉の、蜂(第二稿)
就農一年目、いちごより先に蜂を見るようになるまで

ナンジョウヒカリ(24歳・温室いちご農家二代目)

まだ暗いうちにハウスへ入る。ヘッドライトの中で白い息が立つ。最初に見るのは温度計だ。内気温十二度。十三度を下回ると、うちのマルハナバチは巣箱から出ない。だから今朝、蜂はまだ働いていない。

うちは温室いちご農家で、私は二代目。継いだのは二〇二二年、二十歳の春だ。いちごを育てる仕事だと思っていた。一年目の冬、父が私に言ったのは、いちごのことではなかった。「蜂の動きを見ろ」。それが最初の仕事になった。

いちごの受粉は人がやらない。ハウスに放したマルハナバチがやる。花から花へ蜂が回り、めしべに花粉がつく。人の仕事は、蜂が飛べる温度を保ち、湿度を見て、蜂を殺さない農薬を選ぶこと。紙箱の巣門の前にしゃがみ、私は出入りを数えるようになった。晴れた日は一分で七、八匹。曇れば二、三匹。巣門の前に死骸が増える朝は、何かが効きすぎている。いちごを見るより先に、ここを見る。それが順番になった。

「蜂が止まる日は、実が曲がる」。父はそう言った。意味は春に分かった。先が白く尖った、膨らみきらない実が混じる。受粉がうまくいかなかった実だ。めしべの一部に花粉がつかないと、その部分だけ太らずに先細りになる。形の悪いいちごは、蜂からの報告書だった。それ以上の説明は要らなかった。

冬の朝、暖房を焚いてハウスを温める。灯油は一缶二千円を超えた年があった。十二度を十六度まで上げれば蜂は出る。けれど一日の灯油は嵩む。冷やせば実は曲がる。温めれば金が減る。私は糖度計でいちごの糖度を測りながら、灯油タンクの残量計も同じ目で見るようになった。十六度で出した蜂が受粉させた実は、確かに形が良い。その形の良さの裏に、燃やした灯油の缶が積んである。

夜に冷える品種は、甘い。昼に光で糖を作り、夜の冷えでそれを使わずにため込むからだ。だから二重カーテンの引き加減を、毎晩、手で決める。冷気を入れすぎれば朝の蜂が出ない。逃がしすぎれば甘さが乗らない。蜂のための温度と、甘さのための冷え込みは、同じ夜の中で逆を向いている。その綱引きの真ん中に、カーテンの裾がある。

あれから四年。朝採りのいちごをパックに詰める手は、もう迷わない。直したいちごの数は覚えていない。覚えているのは、曲がったまま出荷できなかった実の、あの白い先のほうだ。あれは、蜂が飛べなかった日の形をしている。

今朝の温度計は十二度を指している。私は暖房のつまみに手をかけ、灯油タンクの残量を見て、一度だけ、つまみを回す。巣門の前は、まだ静かだ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。