ナルカミハル(44歳・産業動物の獣医19年)
第三火曜が、この牧場の検診の日だ。軽トラを停めて、軍手を後ろポケットに挿し、保定枠の閂が下りているのを確かめる。台帳の今日のページに親指を挟んで、牛舎に入る。今日は二十八頭。妊娠鑑定の午後が始まる。
牛の顔より先に、耳標を読む。右耳に十桁の個体識別番号、左耳に牧場が打った連番。私が口に出すのは連番のほうだ。「四七、入りました」。台帳の四七の行には、前回の所見と、種付けの日付が並んでいる。種を付けて四十二日目。耳標が泥で潰れて読めない牛は、首の動きで見当をつけ、農家に確かめてもらう。番号を取り違えれば、空胎の牛を孕んだことにしてしまう。だから検診は、顔ではなく番号から始まる。
尾を上げ、手袋の腕を肩まで直腸に入れる。便を掻き出し、骨盤の縁を越えて、子宮角を手のひらに乗せる。受胎していれば、子宮角は片側が太く張って、握ると指の腹に重さが返ってくる。指で胎膜をつまんで滑らせると、つるりと逃げる感触がある――スリップ、と呼ぶ。黄体は空胎でも残るから、私は黄体では決めない。重さと、滑り。「四七、入ってます。三カ月」。農家が台帳に丸を書く。
早期の牛にはエコーを使う。プローブを子宮角に当てると、画面に黒い溜まりが映る。羊水だ。その縁に、米粒ほどの白い点。脈を打っている。胎子の心臓だ。農家が画面に顔を寄せる。「先生、これかい」。「これです」。手で重さは分かっても、心臓が動いているところまでは見せられない。この一点だけは、私の腕より画面のほうが雄弁だ。
空胎の牛の前では、手を止めて長く話す。「四七は入った。けど一二は今日も空だ」。なぜ続けて空くのか。種付けが発情の山を外していないか。分娩から日が浅くて、卵巣がまだ眠っていないか。餌が足りず、痩せが戻っていないか。受胎率という一つの数字に、餌も、発情の見つけ方も、ぜんぶ畳み込まれている。私は牛の腹を触りながら、いつのまにか餌の設計の話をしている。
検診台のそばに、先代と若手が並んでいる。若手がタブレットの繁殖成績の表を出して、「父さんが残した九番系統、受胎率が低い」と言いかけて、やめた。先代は表を見ない。一二番の牛の尻のあたりを、ただ見ている。「あれ、去年の春も一回戻ったやつだろう」。台帳をめくると、その通りだった。表計算より一年早く、先代の目が同じ牛を覚えていた。私は二人の間で、若手の数字に先代の記憶を一行書き足す。
二十八頭目の手袋を外す。腕は牛の体温で温まったまま、肘から先が鈍く重い。長靴の中で足の指がふやけている。台帳を閉じて道具を積み直していると、牛舎の奥から、ざあ、と配合飼料が餌箱に落ちる音がした。孕んだ四七も、まだ空の一二も、首を伸ばして同じ音のほうへ向かう。私は次の牧場の火曜を手帳に確かめて、エンジンをかける。