深夜二時の、チェックイン
ナイトフロント一年目、観察者になった夜

ナルミヤアコ(27歳・ホテルのナイトフロント5年)

夜のフロントに立つようになって五年になる。世界が寝静まる時間に働く人間というのは、昼間とは別の体内時計で動いている。深夜のロビーには静寂が満ちていて、私はその静けさの番をしているような気持ちになることがある。二十二歳でこの仕事を始めたときには、まさか自分が夜の人間になるとは思っていなかった。

深夜二時に来る客は、昼間の客とは違う。終電を逃した人、始発の便に乗るために前乗りした人、なんとなく家に帰れない事情を抱えた人、長距離トラックの運転手。チェックインの理由を私は聞かない。聞かないけれど、たぶんこういう事情なのだろう、と推し量ってしまう癖があって、それを口に出さないように自分を抑えるのが、この仕事のいちばん難しいところなのかもしれない。

夜のフロント業務の主役は、接客ではなく事務だ。ナイトオーディットといって、その日一日の売上を締める作業がある。日中の会計をすべて突き合わせ、客室の稼働を確定させ、翌朝の帳票を整える。電卓と帳票とにらめっこする時間のほうが、客と話す時間よりずっと長い。フロントというより、夜の経理係に近いのだと思う。

一年目の私がいちばん迷ったのは、挨拶だった。深夜二時にチェックインする客に、なんと声をかけるべきか。「いらっしゃいませ」は昼の言葉のような気がするし、かといって「お疲れさまです」では馴れ馴れしい。終電を逃したサラリーマンには「お疲れさまです」が合う夜もあれば、これから始発で発つ人には「いってらっしゃいませ」のほうが近い夜もある。深夜の挨拶には、正解がないのだった。

キーを渡すとき、私は声を落とす。夜のロビーでは、自分の声がやけに大きく響くからだ。エレベーターの場所を案内し、朝食の時間を伝え、モーニングコールを設定する。自販機コーナーはどこですか、と聞かれる頻度が、深夜は妙に高い。眠れない人が、とりあえず何か飲み物を買いに行こうとするのだろうと思う。冷えた缶コーヒーのプルタブを開ける音が、廊下の奥から聞こえてくる夜もあった。

明け方近く、館内を巡回する。非常口の表示灯がちゃんと点いているか、廊下に異常がないか。誰もいない廊下を歩いていると、客室の一つ一つに、それぞれの事情を抱えた人が眠っているのだと感じられて、不思議な気持ちになる。私はその眠りの外側に立って、夜を見張っている。そういう役割なのだと、巡回のたびに思っていたような気がする。

朝七時、日勤のスタッフが出勤してくる。引き継ぎを終えて、私は通用口からホテルを出る。外に出た瞬間、世界が反転する。さっきまで自分がいた静かな夜は消えていて、駅へ向かう人波と、まぶしい朝の光と、始まってしまった一日の喧騒がそこにある。眠るために帰る私と、起きて働きに行く人々が、すれ違っていく。その境目に立つたびに、自分はどちら側の人間なのだろうと考えた。

あの一年目から五年。私は深夜の客の観察者になった。理由を聞かずに推し量る癖は、今でも抜けない。けれど、推し量ったことを口に出さないという作法だけは、五年かけて身につけた。深夜二時のチェックインが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今夜もまた、誰かが終電を逃して、ロビーの自動ドアを開けて入ってくる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。