ナルセケンゴ(49歳・橋梁点検士22年)
橋を渡る人は、橋の裏に誰が住んでいるかを知らない。私は二十二年、その裏側ばかり見てきた。桁と桁のあいだの、日の差さない天井。そこは、鳥の集合住宅だ。ゴンドラで近づくと、無数の気配が一斉にこちらを見る。空には雲が低く垂れ込めて、橋の下には、生き物の匂いが静かに満ちていた。
ハトは、桁の隙間に巣を作る。鋼桁のフランジとフランジが重なる、雨の当たらない奥まった棚。そこに枯れ枝と羽毛とで、雑な皿を組む。ツバメは橋台のコンクリート面、垂直な壁の上のほうに、泥を一口ずつ運んで椀をつける。コウモリは、伸縮装置の暗がりにコロニーを作る。種類によって、選ぶ場所が違う。同じ橋の裏でも、一等地と二等地があるらしい。
点検にとって、彼らは邪魔者だ。打音検査をしたい桁の真上に巣があれば、ハンマーを振れない。だが私は、巣の位置を必ず記録する。糞が積もるからだ。鳥の糞は酸性で、コンクリートの中性化を早める。鉄筋を錆びさせ、かぶりを押し剥がす。だから巣のある場所は、将来の損傷の予報地点でもある。邪魔者の住所を、私は損傷図の隅に控えておく。
春から夏は、営巣期だ。この時期に巣のある桁を点検するときは、足場の組み方を変える。巣に直接かからないよう、わざわざ遠回りに単管を渡す。鳥獣保護法という法律上の配慮もある。だが正直に言えば、法律より先に手が止まるのは、卵を見てしまったときだ。泥の椀のなかに、小指の先ほどの白い卵が四つ。あれを見て、なお足場の桁を巣の真上に渡せる人間は、たぶんいない。
営巣期を過ぎた桁には、防鳥ネットを張ることがある。目の細かい黒いネットを、フランジの下に隙間なく這わせる。これで巣は作れなくなる。糞も落ちなくなる。橋は守られる。けれど張り終えたネットの向こうで、行き場をなくしたハトが二、三羽、桁の縁に止まってこちらを見ていることがある。守るというのは、追い出すことでもあるのかもしれない、と思う。
面白いのは、鳥が場所を選ぶ目だ。彼らは雨風をしのげる桁下を、正確に選ぶ。そして、水はけの悪い桁には巣を作らない。排水のたまる桁、湿気のこもる隅。そういう場所を、鳥は避ける。現場には昔から冗談がある。「鳥のいない桁は、調べたほうがいい」。鳥のほうが、橋の不調を先に知っているという説だ。冗談なのだが、当たっていることがある。
コウモリの暗がりは、近づくと匂いで分かる。糞の、独特の、つんとした臭い。アンモニアと土を混ぜたような、あの臭いがすると、その先の暗がりにコロニーがある。彼らは音を立てない。ただ、伸縮装置の隙間にびっしりとぶら下がって、私が来ても動かない。橋の継ぎ目の、人間が絶対に触れない暗がりを、彼らは自分たちの寝床にしている。橋は、思っているより賑やかだ。
桁下には、風の通り道がある。両岸の地形と橋の高さが作る、決まった風の筋。ハトの巣は、その風がほどよく抜ける場所に多い。強すぎず、よどまず。鳥は、橋の構造設計図を読めない。けれど、風と水はけと日陰の按配を、体で正確に測っている。私が図面と計算で知ることを、彼らは羽と巣で知っている。診る道は違っても、見ているのは同じ橋だ。
橋は、渡る人のためだけにあるのではないのだろう。上を人が渡り、下を鳥が住み、継ぎ目にコウモリが眠る。橋は、人と鳥の、共有物なのだ。私は今日も、巣を避けて足場を渡し、糞の位置を図に控え、暗がりの匂いを嗅ぎながら、その共有物の天井を叩いている。コン。コン。頭上を、誰かが渡っていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。