フジワラレン(研究助手)
午前八時二十七分、私鉄三番線ホーム。通勤客は吐き出すように電車を降り、六つの自動改札へと吸い込まれていく。白い筐体は無数の手の跡で光沢を失い、ステンレスのバーには指紋がべったりと付着している。床の誘導シールは擦り切れ、「IC」の文字がほとんど読めない。その日も、五番レーンの液晶だけが、なぜか一瞬遅れて次へと切り替わる。フジワラは左端の二番レーンに並んだ。前にはスーツ姿の男が三人と、リュックを背負った女性が一人。
彼にとって、この場所は一つの観察対象だ。左端が詰まれば中央が空く。だが、移った瞬間に必ず何かが起きる。経験上、ICカードがエラー音を出すか、鞄の奥から定期券を取り出すのに手間取る。その時、背後の視線が刺さる。彼が動けば、全体の流動性が損なわれる。過去のデータがそう物語っていた。だから今は、自分の列に留まる。左右のレーンがわずかに早く進んでも、視線は前方の後頭部から動かさない。あの男の定期券の光沢、女性のリュックの摩耗した金具。それらをただ見つめる。
「お客様にご案内いたします。現在、左から二番目の改札口に比較的余裕がございます。お急ぎのお客様はどうぞ、そちらの改札をご利用ください。」
アナウンスは、いつもより少し甲高い女性の声だった。その言葉に促され、フジワラの前、三人目の男がわずかに躊躇い、左隣のレーンへと体をずらした。背筋を伸ばし、一度だけ周囲に視線を配って、再び列に吸い込まれていく。その動きにつられるように、さらに後方から二人が同じ方向へ移動した。わずかな期待が、彼らの足取りを形成している。だが、彼の目の前のレーンは、一瞬の空白が生まれただけで、すぐに元の速度に戻った。左隣のレーンに移動した三人の姿は、またすぐに別の後頭部に埋もれた。
自動改札は、チッ、チッ、という電子音を正確な間隔で打ち鳴らし続ける。フジワラは自分の番が来て、定期券をかざした。一瞬の緑色の点灯。彼はその音と光の繰り返しを、今日もただ見つめていた。これは変わらない事実だ。